しあわせになる方法

1年越しの邂逅

「結婚して1年ですよー」

の言葉に、もうそんなか!とビックリする。Tセンパイの結婚式は忘れもしない、ZST.50, 51のあの日。
あの日はほんと、無茶苦茶な強行軍をやった。
ZST.50を観て山田さんがベルトを巻く姿に感動し、ネカフェに立てこもって着替えてからセンパイの披露宴二次会行ってドレス姿を堪能して途中で抜けて戻り、ZST.51の上田さんと剛さんの試合を観た。
まさか上田さんの失神KOを目の当たりにするとは。今思い出すと可笑しい……

「そこで笑えるのは、くれセンパイくらいです。」

の言葉に、己の精神の在り様を考える。
でもあの方の応援はそれくらいの在り様でないと身が持たなくて、それが醍醐味だと思うの。あの光景をこの目で見られたことに、満足してる。

17.04.22(土)【GSA】加圧トレーニング:上田さん
本日はTセンパイの加圧体験&私の通常トレーニングの2本立て。センパイの体験から開始。

問診光景を見学。
あの日、どちらの晴れ舞台も見逃したくなかった。そう思わせられる大切なふたりが、1年経ってこうしてる光景を見るのは奇縁だなぁと感慨深い。
センパイはそーいや、姓が変わったんですよね。いつも旧姓で呼んでるから新鮮。ご自身もその様子。人妻……初々しい……紆余曲折を思うと、感慨深い……

「この1年で体重が増えてしまって……」

幸せ太りですよね。そして、仕事ストレス……

「聞きづらいことを聞きますが、どれくらい増えましたか?」

「くれセンパイ、耳ふさいでもらっていいですか?」

仰せのままに。
間を置いて、上田さんがバカ受けする。

「久禮さんが耳をふさいでるのにまさか指で示すとは思いませんでした。」

「や、目もそらしてくれてるのでいいかなと。」

ちらっと見えt……いえ、何も見えませんでした。
センパイの過去の運動歴をヒアリング。結構、運動をしてきたのですよねぇ。それにご結婚前にはドレスに向けてとてもがんばってらした……社内騒然でしたものね。“結果にコミットする”、かのメソッドで激変して幸せを捕まれた。

「その後、維持できなかったのですね。」

「式の終わったあとに係の方が持ってきてくれて食べた残りのニョッキが美味くって!
“ニョッキうめぇーーー!”て食べたとこからスイッチ切れました。」

そこまでか、ニョッキ。
まぁ、通常のニョッキパワーにプラスして、ドレスのための絶食と人生史上最大最高の幸福と達成感に包まれた状況によるものと推測はされるが。

「ニョッキってそんな美味いですかね?
あれは10年に一度食べるか食べないかのものでしょう。」

と上田さんが、くさす。
どちらの言葉も肯ける私は笑うしかない。
そんな私の反応は落第点のようで、

「ああ、まだまだですね。」

と、半笑いで軽く蔑みの視線を送られる。ほほほ。そんなゆーしゅーな人間でしたら、こちらにこんなに送客しておりませぬよ。トレーニングが必要な人間に囲まれているから、こうなってるんじゃないですかー。
類は友を呼ぶ。TセンパイとT嬢と私はちょー食いしん坊だ。何せ肉部の主要メンバー。
『パンケーキ部じゃなくてよかったですね。』
とは終了後のTセンパイの弁。確かに。パンケーキ部なら存続の危機でした。肉部なので絶賛継続ですよ。
ちなみに弊社肉部メンバーは、今のところ上田さんトレーニングにおける主要顧客で継続率がダントツにイイ。なんでしょうね、因果関係は。

トレーニングを開始しつつ、話は運動と栄養の話。
聞いててそうか、と気付く。Tセンパイの食生活がそのまま、ご家族の今後の人生を左右するのか。ひとりの問題じゃないんだ。しかも新婚さん。これから何十年と続くのだ。めっちゃ大切……

「Tさんのような食生活と運動を続けてきた方が、僕のような人間のトレーニングの場に来るのは本来、ないことです。」
「住む世界が違いすぎて普通は知らないまま、終わります。だからこれは、最初で最後の機会ですよ。」
「この機会を逃したら、もう変わる機会は2度と訪れないでしょう。」

ふと、自分の来し方も思う。そして気付く。
必要なのは、“変わりたい”と願い、“自ら求めて動く”ことか。“誰か”に“変えてもらう”は、違う。
別に、変わらなくても誰も困らない。困るとしたら“自分”だけ。
“変わる”ために、己のコストをどれだけ費やすか。そこに本気度は出るよな。時間にせよ、お金にせよ、精神的なエネルギーにせよ。

“自ら”変わりたいと願ってない人間は、自ら行動しない or できないから変われない、か。そっか。

「パワーバランス、というのがあります。その人の持つ影響ですね。家の中でこの人が変われば、家族が変わるような。」

判る気はする。
まずは立ち位置。
一家の献立を考える人が一番、食事に関してはキーとなる。うちの実家で言うと、母だな。
そして、行動の持つ影響力……もっと言えば、”信頼”を築いた人。これが今は私だな。
”こいつの言うことなら耳を傾けてみよう”
と思ってもらえるかどうか。”よい変化を起こすだけの何かをした人”。

ふと振り返る。
これだけここにうちの会社から送客されてるのは、社内での上田さんトレーニングに関する信頼度だろう。私が変わった、だけでなく、T嬢も変わった。他にも。
続けた人間は、必ずそれぞれの”よい方向”に変わっている。
私なら締まって筋肉質に。
T嬢は可愛くスリムに。
健康的に快活になった人も。
そんな人間が身近にいたら、興味持つよね。それと……それぞれが社内で大切に見守ってもらっているから、でもあるのだろう。

『あいつのこと、よろしくお願いします。』

それに類することは何度か言われた。私にはきっかけを作ることと、ときどき見守ることくらいしか出来ない。私自身が、まだまだで心許ないのだから……
変わったのは、本人の力だよな。
変わりたいと願い、決断と行動をし続けたから……それの、日々の積み重ね。変化を起こせるかどうかの分かれ道は、”積み重ねられるかどうか”、だ。

Tセンパイは継続することを選んだ。それがいいんじゃないかと、私も思う。
合う合わないは数か月後に改めて考えてみればいい。

紹介はするが、継続を勧めるかといえば、そうでもない。加圧料金としては安いけど、毎週この価格を出すのは一般的収入の人には一大決心が要る。場の流れで継続を決めるのも違うし。
逆に、上田さんに対しても。上田さんはプラスαのことを山ほど教えてくださるから……上田さんが培ってきた技術と知識を大切に扱ってくれる人を、紹介したい。
だから体験にお誘いした場合、なるべく初回は同席し、前後でお茶したり春雨食べたりして感想を聞くようにしてる。
他の人のトレーニングに興味あるから、というのが一番大きな理由なのだが。

それを理解されているからか、上田さんから

「久禮さんは、Tさんを見てどう思います?」

と振られる。
そうですね……前々から思っていたことが。

Tセンパイは手の甲、足の甲が綺麗なのです。骨も血管も綺麗に浮き出ている。体型は格闘技始める前の私とソックリですが、そこが違う。

「そうなんです。」

我が意を得たり、と上田さんが笑う。

「Tさんはとても代謝がいいのです。もともと運動歴もあるから、比較的、筋肉もありますね。」

やはり。これまで見学した中で、ピラティスな方に次いで、負荷が高めの気がした。要するに似た体形だとしても、理由に違いがある……
とすると私って……?

「久禮さんは初めてのときから、代謝機能が『びったーーーーーー』と底辺に張り付いていて目を覆いました。しかも何をしても、うんともすんともそこから動かない。」

ひでぇ。

身振りも入れての『びったーーーーー』のアクションと容赦ないコメントに絶句する。

でも自分でも思っちゃいた。手足の甲がまだこんなか?って。汗はかく、運動もしてる、食事も割りとできてはいる、便通だっていいほうだ、なのにこれか?って。
マジか……と引きつる私に上田さんから取りなすようにコメントが入る。

「代謝機能には遺伝も大きく絡んでます。」
「いいじゃないですか、筋肉はついているのだから。必要なモノが手に入っているのだから。
他人と比べる必要はありません。」

ふむ。それは紛れもない事実なのでありがたく受け取ることにする。
一瞬、”フォローが致命的に苦手な上田さんにここまで全力のフォローを言わしめるだなんて、私の代謝機能はほんっとに絶望的に社会の最下層、最底辺なんだな……”と身に沁みた。
そしてこれは実はよいヒントをもらった気がしたのだが、後の話。

私のトレーニングも順調に進み、雑談も進む。

「人の脳はかくも都合よく記憶を作り変えるのです。
聞きましたか、久禮さん?」

とT家でのカレーライスを巡るお話に腹を抱える。そのお話はとてもためになりますが、バタフライに取り組んでる最中に止めてください、死にます。

そんな感じでおもしろ楽しくトレーニングは終了。
頂マーラータンでT嬢と合流。報告しつつトレーニング動画を見せあいっこしつつ、話は弾む。トレーニング仲間が増えて嬉しい。
Tセンパイに出された宿題は先週のT氏への宿題と同じ。

『これまで通りの食生活を続け、記録を取ること。』

気にしていつもより気を付けたものを取ってしまいそうだと言うセンパイに気にしちゃダメですと伝える。ので今日は雑談中も栄養の話は控える。
そしてT氏……あっちの課題に気付いた。私も含め。なるほどだ。週明け、話をしてみよう。

そのうち、体験に来たメンバーで肉部したいですね、とお話。
退職された人も増えてますからねぇ……みんなで楽しく美味しくお話したい。今度、企画しましょう♪

さて、私はGSAへ戻ってトレーニングの続きを。

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ボタンの掛け違いを今度こそ

「マズい、泣きそう。」
「泣けばいい。」

隣にいたT嬢の断固とした間髪入れない言葉に思わず零れる。理解も扱い慣れもされてるなぁ……安心して泣ける。

17.04.20(金)Sさん送別会
10分遅れて主賓のSさんが到着。斜め後ろの席に背中合わせに座った。
T嬢と栄養の話をしていたらSさんに言われた。

「くれさんのFacebook見てたら電車を降りそこなって遅刻した!」

え?

主賓なのでお忙しく、気になったものの詳しく聞き損ねた。
昼に連絡先を交換したのは確かだ。Sさんは来週、加圧体験に遊びに来てくださる。その際の参考になれば、とピラティスな方が体験されたときの投稿もお知らせしてた。

『Facebook、めちゃレベルの高い記事でびっくり。そして面白い。くれさんは見せる文章ですね!』

なんと嬉しい。日本語長いコンプレックスが久しく、そんな褒めていただくなんて面映ゆい。あの体験記事のことかな??
予想しつつ、遅ればせながら、Sさんから入ってたLINEに気付く。

『久禮さんのFacebookで別の投稿を読んでいたら、深い話で自分も考えさせられる内容があった。
で、それを読んでいたら送別会に向かってるけど 降り過ごしました(笑)。』

どれのことだろ……?
テーブルを回ってきてくれたSさんに聞いた。……あれか。

『仕事なりダイエットなり、人が”何かをやめる”のは、期待通りの結果が得られないから。』
そして『ちゃんとした人間になりたい』。
あの話。

「私も”会社を辞める”から重なって。最後のほうは泣きそうになっちゃった。で、気付いたら降りる駅過ぎちゃって!」

で、10分遅刻。
……そんな読んで、くださったのか……。
興奮したようにすごい笑顔で話してくださる。

「すごく深く掘り下げるんですね。」
「感情がこもってて。」
「でもシステムの人だから理屈が通っててロジカルだから読みやすい。」
「文章がするする読めちゃう。」
「くれさんは、うちの会社のサイトの文章を書いた方がいい!!」

マズい、泣きそう。

「泣けばいい。」

ありがとう。
こんな褒められるなんて。

と呟いたら他の方にも言われた。

「や、褒めてるっていうより、感想ですよね。」

う。

「褒められ慣れてないからー。」

T嬢に笑われる。うぅ……

Sさんの話はピラティスな方に移る。

「私、誤解してた。あんな可愛らしい人なんですね! もっとお話ししてたらよかった。ピラティスも行ってみたかったのに。」

泣ける。泣けちゃう。
そんな感想……もらえるなんて思ってもみなかった。
あれは本当に楽しかったから……手が止まらなくてダダ漏れしてしまっただけなのに。満たされる。

私が書く目的は”自己満足””カタルシス”。
消せない欲望は”私の大好きな人たちを知ってほしい”。

欲望が満たされるって、こんな幸福感か……

ピラティスな方。
きっと、見るからに”女性の中の女性!!”なオーラをまとうSさんに全力で人見知りしたのだろう。
その壁が破られないまま、互いに退職。だからおふたりは在職中にお話しすることがほとんどなかった……

後悔が、押し寄せる。
もっと早くに、Facebookで会社の人たちと繋がればよかった。後悔してる。
“私なんかが”なんて萎縮を捨ててれば。遠慮を捨ててれば。
好きな人のことを、もっともっと”好き!!”って表現して大声で叫べばよかった。なんで躊躇したんだろ。何を恥ずかしいって思ったんだろ。
あの方の可愛らしさを知らない方が、やっぱりいたのか。
でも、私の文章を通して、知ってくださるのか。
Sさんは、そんな素直にオープンに、私の文章を読んでくださる方だったのか……そうだよな。そうだった。

Sさん。
半年くらい、か? 同じチームだったことがある。
チーム定例会議で毎週ひとりずつプレゼンをしていた。私が最後にした本の紹介。
『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』
あの話をとても目をキラキラさせて聞いてくれたのがSさんだった。本を読みたい!と言ってくださったのでお貸しして……ふつーに忘れてた。異動のバタバタもあり。
Sさんはずっと本を返してないのを気に病んでいたらしい。その後1年以上経ってだろうか? すごく素敵なバスソルトを添えて、本を返してくださった。そういえば!と思いだした。お貸ししたの忘れてた。
バスソルトがちょうど切れてたのでますます嬉しくて……癒された。

「くれさんのトレーニング後の疲れにいいと思って!」

Sさんがそんな想いで選んでくれた品だなんて絶対効く……美容にもよさそう……
ありがたく贅沢にお風呂につかり、満喫した。
ずっとSさんは私を見るたびに、本を借りっぱなしなのを思い出しては気が咎めていたのだと言う。私はすっかり忘れていたのに。

私は私で……
異動直前か直後だったかと思う。あることで、Sさんにちょー怒ったことがある。
“どうしてわからないのだ!”とかんしゃくを起こした。
いつも朗らかで笑い声が素敵で……そんなSさんを思いっきり、しゅんとさせた。嫌な思いをさせてしまった……嫌われただろうな、と気が咎めた。
そして仕事で関わることがなく、距離があったのだが……

「あのとき怒られたのは会社のルールを守らなかったからで、正しかったから。もっともだなぁって。」

そう、振り返ってくださった。
許されてたのか。最初から。

どうして、勇気出して話しかけなかったんだろ。お昼に誘わなかったんだろ。
所属が同じだった頃、こんなことを言ってくださった。

「家でいつもくれさんの話してるんです! こんな熱い人がいるんだよ、って。」

加圧にお誘いするきっかけになった、ある方の歓迎ランチ。
私のトレーニングに一番興味持ってくださって。一発ネタのパウンド動画を見せたら、すーーーっごい最高の笑顔で爆笑してくださった。

「だって、殴りながら笑ってるーーー!?!?」

私の顔とスマホの画面を見比べて目を丸くして爆笑が止まらなくて。照れる。
加圧に興味あるのだと話してくださり、お誘いした。ほんとにのってくださった。
その後、辞められることを知った。

どうして、もっと早くにボタンのかけ違いを直せなかったんだろ。
そしたらもっとたくさん、楽しい話が出来たのかな。Sさんを知ることが出来たのかな。
Sさんとピラティスな方の、並ぶ笑顔を見れたのかな? ピラティスをする姿も見れたのかな?
なにしてんだ、私。
いや、今からでも? かけ違いを、知ることが出来たのなら。

会も終わりに近づく。
いろんな方の、ご挨拶。続々と言葉に詰まっては、次の人にチェンジしてく。

「ちゃんとしゃべれーー!」

酔っぱらったご本人から可愛いヤジが飛ぶ。いや、あれはムリでしょう。全員、涙ぐんでる。お人柄が……しのばれる。
Sさんの送別会なのに、Sさんは私の近くの席にいらした時、ずっと私の話ばかりされてた。主賓はSさんなのに。そんなふうに周囲の人のいいとこばっかり見ては全力の笑顔を見せて朗らかに笑ってきたのだろう。
そんなの……みんな、嬉しいものな。

“元始女性は太陽であった”

この一文を、地で行く方だ。Sさんは。
顔も美しければ、身体も作られてて綺麗なライン。
中でも一番、美しいところは、目の輝きと、眩しい笑顔、表情。
造形の美しさだけじゃこうは心を打たれない。その魂はあの全開の笑顔にあふれてる。生命力が、美しい……周囲を温かく照らす。

辞める理由は、お子さま、家族との過ごし方を見直すため。でも仕事を辞めきることはできない方だろう。
いつかは子ども事業を、とお話される。

「ぜったい、形にできればヒットするんです!」

きっと、そうだろう。
いつかその事業のサイトを立ち上げる日が来たら、Sさんのこと、事業のこと……聞かせていただいて、何か書かせていただけたら嬉しいなぁ……
そんな日を夢見る。その日のために、私はもっと筆力をあげよう。好きなこと、イイ!と思ったことを全力で表現できる人間になろう。

帰り道で改めて、自分の書いた文章を読み直す。Sさんが電車を降りそびれたという、あの記事。
Sさんはやめる人で、見直す人で、始める人で、かつ、生み、育む人、か。
人間に、女性に、生まれてきたことを満喫しているオーラがハンパない。
不自由な制限があるからこそ、表現は豊かになる……仕事をする喜びも、ご家族と過ごす喜びも。自分を慈しむ、喜びも。
だからこその、あの笑顔。

私の母は半分ボケて、ようやく笑うようになった。母が笑うと家の中が華やぐ。
私は娘を向こうに預けて迷走し、ようやく笑うようになった。書く文章は何かを想起させるらしい。
娘は力むことなく年相応の、はにかんだ笑顔を見せる。それを周囲の大人が見守り、未来を夢見る。
方法や道程はどうでもよくて、ただ、”笑えば”、それだけで世界を変化させる。
そんな不思議な力を女性は持ってるのかもしれない。そんなことに気付かせてもらった。

眩しいばかりの太陽で、満開に咲き誇る花だな、Sさんは。

気付けてよかった。
すげー人、サイコーな人は、すぐ隣にいる。ほんとは。
縁をもう一回、結びなおさせてもらおう。

[Facebook記事]

エビデンスは語る

最近、Facebookで会社の方々と繋がりだしたのはこのへんが理由だったりする。
T氏が本気で身体作りに挑戦する企画はじまりー♪
T氏は、あのT氏ですよ(・∀・)

17.04.15(土)【GSA】MMAグループトレーニング部(格闘技1.0h):上田さん
……の前に。当の本人・T氏がなかなか来ないので雑談をしてた。上田さんは蛋白質補給にサラダチキンを召し上がりつつ……なのだが。
思わず笑う。

前々から思ってましたが、一度に口に入れる量が多すぎません? 溢れんばかりで……

「ほんらことないでふお!?」

不本意!!と目をかっぴらいてモゴモゴ勢いよく言う。

いやだから言えてないから……せめて飲み込んでから喋ってください……

って言葉は爆笑に阻まれて口から発せられない。
上田さんいわく、味蕾が舌の全方位に存在するから……
サラダチキンを飲みくだした上で、ちょー上から目線&ドヤ顔で言い放たれる。

「舌がぜんぶ食べ物で360度包囲されてる状態が一番美味しいんですぅーー」

なんで小学校の学級委員長みたいな語り口なんすか……これはこれでくるものがこのやろう。
やめときゃいいのに思わず口をついて言ってしまう。

味蕾にぜんぶ触れてたらいいだけなら、一口あたりの量をもう少し減らしてもよくないですか? いくらなんでも多いですって。食物の総量だって変わらないわけだし……

って言った途端に、くわっ!?!?と目ん玉かっぴらいてなんかたくさん言われる。マズい、まためんどくさい地雷踏んだ。えーと覚えてるのは

「すでにしょーめーされてるんれふー」
「えびれんすをもってきてくらさい!!」

自ら暴露されてたが、要するに“エビデンス”って単語を使いたいだけ、と。

「はい論破!!」

うーむ。いやー笑った。
論破されて笑い転げる癖はなんなんだろう。つい可笑しくて……そーいや、東北から帰ってきて“巨大化した”と散々言われたときも、うっかり笑いすぎて怒られてることにしばらく気付かなかった。てか、怒り方が一般からズレすぎてて可笑しい。悔しくはとてもあるのだが、ふぅ……笑った。
まー、こんな書き方したらまたなんかされそうだが……ネタにされるの解っててやってるよなぁ? お互い様で不毛な……

さておき、栄養のお話。
上田さんの流れるようなお話。T氏、いつもの方と問いを混ぜつつ話は進む。
ベースとなるお話は、実は既に学校で習っていることだ。それこそ、小学校から。
それに上田さんならではの例え話が乗っかる。さらに上乗せで学校で習わなかったことをプラスアルファ。すると、説得力がさらに増す。
またそのお話は数字や実例を伴うのでシステム屋には至極、わかりやすい。

本日出た宿題は、こちら。

「まずは1週間、自分の摂った食事の記録を取って下さい。」
「がんばらずに。これまでどおりの食事を続けた上で、記録して下さい。」

まずは、現状を知ることから。私も久々にやるか。

その後の上田さんの言葉が、一番、伝えたいことなんじゃないかと思う。

「栄養面においても、格差社会です。
栄養についての情報を持っている人と、持っていない人に恐ろしいほどの格差が生じます。
インターネットで調べればすぐにわかることなのに、この発想は自らの中からのみでは捻出できない。周囲から情報のきっかけを得られるかどうかなのですよ。」

そうね、と思う。
この話を初めて聞いたときにも感じた。小学校で習ったことだし、中学でも高校でも。ネットにも転がってる、と。
でも上田さんに改めて教えてもらわねば、私の中では芽吹かなかった。

『怪我をして練習ができない私に、アドバイス下さい』

で怪我のケアや予防を教えていただくのかなと思ったら、教えていただいたのは栄養の話だった。あの時言われた言葉。

『人の身体は何から出来上がるか知っていますか?

……口から取り込んだ食べ物です。それですべてが出来上がってるんです。』

この髪も、と長い前髪をつんつん引っ張っていた。

上田さんの言葉に熱がこもる。

「Tさん。これを逃すとおそらく二度と、手に入らないですよ。
食事も、筋肉の付け方も。誰も教えてくれません。
なんでだと思います? みんな言わないのは。

……嫌われたくないから、ですよ。
家族にすら言いません。ギクシャクしますから。」

確かに、と思う。T氏をGSAにつれてくる際、最後は私がブチ切れて連行したのが実情だ。あれは仲違いになったっておかしくなかった。
それに、実家に自分のいつも食べてるスープを初めて導入する際も。ドキドキした。
最初は自分用にのみ作るって行動に出たのだ。”食べろ!”なんて強制しても受け付けられるはずがないから。まずは実家で食べるものに困り、実家での自分の食事を切実になんとかしたかっただけ。
それがスムーズに進んだのは、母がつまみ食いをしたからだ。そして母は実は鋭敏な舌を持っていた。

『あんなに鶏肉って美味しいのね! 食べたい! みんなのぶんも作って!!』

だから導入がスムーズに進んだのだ。母が望んでくれたから。そうでなかったらたぶん衝突してケンカになってた。

嫌われることをなぜ上田さんは丁寧に教えてくれるか?
それは上田さんはお金をもらっているから。嫌われてもいいのはお仕事だから。
だからこれがきっと最後の機会。
これを掴むか掴まないか。

それは自ら決めるしかない。
でもそれはある程度まで慣れれば難しいことではない。

「味蕾がどうして存在するか……”美味い”って感覚はなんで在ると思いますか?」

「快感を感じることによって生きられるから、ですか?」

「そうです。栄養を摂取するためのシステムなんです。なので正しいものを入れれば美味しいと感じるように人間はそもそも出来てます。
なので、ダイエットは辛くないんです。美味しいと感じるものを摂取するのが結局は、美味しいのだから。」

そうね。これも頷く。
うちの母は毎朝

『このスープが一番美味しい!』

とものすごくいい笑顔で食べてくれる。
毎日食べてるのにね?というと、こう返す。

『だって毎日感動するんだもん! ご馳走。至福の味!』

その笑顔が何よりの調味料だなと思いつつ私も食べている。
母の言動が、上田さんの言葉を確かに証明している。

脳がジャンクなモノを欲するのは誤作動を起こしているから。脳みその仕組み……システムは、実は脆弱で誤作動を起こしやすい。
でも逆に言えば、それを利用するのも簡単なわけだし修復も可能だ。一定期間をとって、やるべきことをやっていけば脱却する。

上田さんがT氏に問う。

「Tさんはどうして太ったんだと思います?」

「食事量が増えたから、ですかね。社会人になってから、付き合いが増えて。」

「その理屈だと社会人は全員、太っていそうですね。でもそうではない。なぜですかね?」

「うーん……ああ、知らないから、ですかね。」

「そうです。知識不足だからです。飲み会も気合いの有無も理由にならないんです。
栄養は揺るぎない事実、結果が出ている分野です。やらないと損なんです。」

長く実りのある話を満足そうに振り返り、上田さんが〆る。

「エビデンスは、揃ってます。」

ああ……エビデンスって単語が、使いたかったんですね。
そのために1時間つかったんかい。

17.04.15(土)【GSA】初心者MMA:上田さん
人数多いな。国際色豊か。
マット運動。三半規管が以前くらいの弱さに戻ってきた感じがする。少しずつ復調できてきたかな。倒立前転もある程度のレベルの出来に安定してきた。たぶん。

対人練習。
自分の歪みを見つける。判断と扱いに困る。まぁ自覚しておこう。

デカい方と。正座でないならまたやることが変わってくる。
どうしようかな?と考え、3月に佐々木さんに教わったこと、そして最近、上田さんにやられて嫌だったこと、最初にやられたのはいつもの方だったなーなんてのを思い出しつつやってみる。自分じゃあまりやったことないが間合いが取りやすい。
案の定、先方は困られて、タイムアップ時に「なるほど……」と仰られていた。はい。
とか言って、自分でこれ、対処しきれないやつだから自分も攻略できるようにしないとなんだけどねーーー

T氏は実はすげー巧い。
他の方と組んでるとき、離れたところで

「Tさんは身体作ればアマチュアの試合ぜんぜん出れますよ」

と上田さんに本気で言われてるのに耳を傾けて内心で激しく同意する。ヤバいんだってほんとに。あの加速度は羨ましすぎる。
のでつい危機回避本能刺激されてビビる。うへーー。うっかり殴っちゃうのは手加減なんて出来ないくらい巧いからなんだってばさ。私より巧いだろ。弱点はスタミナだね。それもそのうち、克服するだろうけど。

いつもの方はいつもどおりに。なんとなく、何を目指すでもなく遊び心に挑戦している。つい感嘆するし、笑うなぁ。遊んでくださって嬉しい。

寝技練習は足関。2本しかないし長くもないのに絡まるのはなんで。短いからか。くそぅ……

終了後はいつもの方が練習に付き合ってくださる。ローキック、ミドルキックの受け返し。1万回、2万回……まだまだ遠いな。
ミドルキックがバランスとりやすくなってきた気がする。筋肉と、三原さんの手技のおかげ。練習量減ってるけど、できるだけ弱くなりたくない……自主練が積極的にやってければいいな。

そして何より、身体づくり。面白くなってきた。積極的に、面白がりにいきましょ。

[Facebook記事]

何かを”辞める”理由 / ちゃんとした人間になりたい

加圧は、真面目な話に終始。

17.04.15(土)【GSA】パーソナルトレーニング(加圧0.5h):上田さん
ずいぶん多岐にわたってお話してたような。
仕事なりダイエットなり、人が”何かをやめる”のは、期待通りの結果が得られないから。費やしたエネルギー、コストに対してガッカリして「こんなはずじゃなかった」と思ったらやめる。
過去のもろもろを思い出すと頷ける。とすると……
脳裏に浮かんだことをそのまま、上田さんが口にする。

「”期待通りの結果”を誤っている場合も多々あります。」

「例えば8時間働いて5000円しかもらえなくてガッカリしてやめる場合がある。でも最初から『この仕事はラクだから8時間で5000円』と知ってるならやめないですよね。」

「つまり大事なのは『知る』こと。」

そして長期的展望を”適切に”描くこと。

「例えば、ダイエットの目的を『異性にモテたい』にすると難しくなります。なぜなら、瘦せたからといって異性にモテるとは限らないからです。」

ですよねー……例えば異性と接する機会が皆無な環境にいるのに瘦せたって異性にモテるのは無理だわな。だったらやるべきは異性に出逢いに繰り出すことだろう。見誤ると迷走する。

だから最近の私の曖昧な課題はこれを明確にする必要があるのだ。

『私はどんな人間になりたいのか?』

格闘技をすることでそれが達成しそうな予感がするから、やっている。そしてどうやら私は自分を『格闘技する人』とは言えても『格闘家』とは言えず、人から言われると凄まじい勢いで固辞する。自分でも、何もそこまで、と思うほどに。なのでそんな自分はコンプレックスで情けない。
あのときに自分の中に何が起きてるかを掘る必要がある……
例えばそれが『人間にはムリな完璧な像』を設定していたら修正する必要があるから。例えば『人をキライにならない』とか『ミスをしない』とか。そんなん目指したら詰む。
私はちゃんと、自分に達成可能な人間像をそこにおいているか? そしてその実現には格闘技に取り組むのが妥当なのか?
気付けば上田さんの話をロールモデルとして聞き始めていた。上田さんのパターンを知ったら、自分に当てはめたときに何か見えてくるだろうか?

話は格闘技を続ける理由に流れる。
上田さんが試合に出るのは、”練習を続ける”ため。試合に出るって口実がないと練習をしないから。

……と仰るが、そんなことないですよね? 思わず笑ってしまう。これまでの言動を思い浮かべたら明らか。やめるの無理でしょう、格闘技に触れてる上田さんはいつも楽しそうすぎる。

試合を口実にせずとも好きな練習はするはず。とすると練習の強度の話かな?

「好きな練習だけしててもまだまだ強くなると思いますよ。」

「まだ得意な分野でも全容の1割にも達してないと思います。」

想像を絶する。私にはよくわからない世界だ。が、となると??
負けるのはやめる理由にならない。試合に出られなくとも。
逆に勝つために試合に出たい方々もいて、そういう場合は負けがそのままやめる理由になる。
……なんとなく思うが、そういう方々のほうが一般的だろうな。もしくは有名になるため、お金を得るため。どちらも格闘技で叶えるのは難しいし労力に見合わない……
格闘技人口が増えないひとつの要因だろうか。
“格闘技を通して得られるモノが、実態とイメージで乖離している”。ふむ?

ではなぜ格闘技を続けるか? 何を実際は得られるのか?
上田さんから出てきた答えは”ちゃんとした人間になりたいから”だった。
これは小学生の時に体操を通してどうなりたいか、の回答として出てきたものだそうだ。それはそのまま格闘技をやる理由に受け継がれている。

なんだかそれはとてもしっくりきた。私自身の動機としても。
だが、何かが違うな……?

上田さんは”がんばるため”、が大きそうな印象。
だがそれは、私にはないな……皆無ではないが、比重が低い。とすると、なんだ……?
うーんうーん……過去に上田さんのお話を聞いていて、自分には当てはまらないと感じた個所は?

1番は、アレだ。
食事にかけるエネルギーを限界まで削りたいってお話の中で出た、”食べなくて済むなら機械化も厭わない”、”睡眠もそう”ってヤツ。
なるほど、と理解したし一理はあると感じる。が、私の場合は自分がそうなりたいとは思えないんだよな……
コストを限界まで削り、費やすべきは表現。しごく納得する。が……比重、か?

と思いついて腑に落ちた。
“ちゃんとした人間”の定義だ。私の中で”ちゃんとした人間”の定義の筆頭に位置するモノ。
それは、”人間に生まれてきてよかった”と満喫してることだ。
私の一番根深いコンプレックスは、そこだものなぁ……生きたいと心から願えないのは、生命体として根本的に欠陥があると思ってる節がある。それが真実かどうかはさておき。
リングの上の格闘家の方々に憧れるのはそれだ。満喫、してるものなぁ……生きてることを。勝った方も負けた方も。眩しい。
そういやそれが一番派手なのも、上田さんか。それも憧れるひとつの要因か。
あれは気持ちよさそう。だから試合に出てみたい、リングの上で見える景色を見てみたい。なるほど……

でも満喫できるなら、勝利どころか試合に出るのも必須条件にはならない。
私にとっては練習だけでも充分すぎる。
練習してるときに感じる自分の心身の躍動感は、生きてる実感を呼び起こさせる。
脈が激しくなる。心臓が動いている。呼吸を求めてあえぐ。汗が拭っても拭っても滴り落ちる。
自分の身体が生きていて、生きるために最大パフォーマンスを発揮しようとしてるのを感じる。表層意識がどうあれ、私の身体はちゃんと生きたいと願い、生きるために最大限の力を発揮したがってて……だから、喜んでる。”ああ、ちゃんと私は生きたいと願えてるんだ”と幸福感がじんわりと押し寄せる。
でも単なる運動やトレーニングじゃ足らないのだ。格闘技じゃないとダメなのだ。
怖さに悔しさ。それでももっとうまく、よりよくなりたいと願う欲望。
これこそが人間に生まれたことを満喫できる術。
どうしたらよくなる? 何が起きてる? 考えることが尽きない。仮説のロジックは私でもなんとか炙り出せる。それを実際に検証していく楽しさ。ワクワク感。
たったひとつの正解がなくて、自分の心身で検証するしかない。まさに自分の心身でないと出来ないこと。
そしてそれを認めてくださる方々。たくさんの練習を積んで実現してみせるあの姿。惜しみなく与えてくださる知識とスキル。
そんなん楽しくて仕方ないよなぁ。やったらやっただけ何かしらが返ってくるんだもの。うまくいかないことすらご褒美。
格闘家の方々ほど、生きてることを満喫してる人種っていないんじゃないだろか。喜怒哀楽が激しくて。だからだろうか。見ていて魅力的で素敵すぎる。
だから、書いても書いてもネタが尽きない。書くことが習性の私にとってこんな喜びはない。
そりゃ、生きてる限り、格闘技をせずにはいられないよなぁ……

私にとってはこの生身の不自由な身体が大きく意味を持つ。
“生まれてきてよかった”はこの心身で感じたい。扱いづらくて捨てたくなる欲も醜さもぜんぶひっくるめて。
不自由だからこそ、表現は豊かになる……

モノに依るのだろう。何を、表現したいか。

上田さんの場合は格闘技と身体作りに特化してるから、かな。
私は不自由な心身に振り回されてた過去の自分みたいな人に届けたいから……この不自由さを完全に捨てるわけにはいかない。
てところだろうか。たぶん。

ふむ。少し整理ついてきた。
“生まれてきてよかったと思いたい。”
“人間だから出来ることをやり尽くして満喫したい。”
ならば、どんな人をこそ、私は人間らしいと感じるか、だ。それこそがなりたい自分。
ならば、ムリな設定ではないし、格闘技で間違いなく解に辿り着く。
だって憧れてやまない素敵な方たちばかりが、集っているのだから。

久々にこの方のまとまった文章を読んだ。

クリエイティブの源なのかな、と。そして実は少なからずいるんじゃないかなとも。
この方の文章に初めて触れたとき、世界が広がって見えたことを思いだす。
社会に適合しづらいのも、使い方によっては特質かもねぇ……

[Facebok記事]

アフタヌーンティーが呼び起こす、食事の記憶と願い

週末、雨続きだなー。

17.04.09(日)アフタヌーンティー
娘がアフタヌーンティーを食べてみたい、というので調べてリストアップした。
紅茶の美味しいところ、春っぽいところ、ホテルな感じ、執事喫茶。
娘が選んだのは、紅茶の美味しいところ。ほぅほぅ。

アフタヌーンティーは久しぶりだ。3段プレート、テンション上がる。3つ並ぶ姿は迫力あるなぁ。
いろんな話をしたが……

もし私が高校生くらいに戻るならスポーツ・体育系の大学に進学したいんだよねぇ。解剖学とか人体も……どう抑え込むと効率的か、とか……と言ったら、

「ああ、こういうこと?」

と、娘にいわゆる”第三の目”あたりをぴっと人差し指で突かれた。
うちの娘ったら……(●´ω`●)

「私だったら刃物使いたい。徒手空拳はまどろっこしい。」

武術寄りだねぇ。こんなふうに腱をすぱーんって斬って頸動脈を、なんてのも教わったよ。

「うーん、もっとじわじわとがいい。拷問?」

うちの娘ったら……∑ (○Д○;)

でも運動をすることに意義を見出せない、意味が解らない、という娘。
一緒に住んでた頃の私と言ってることが同じだと、旦那だった人に笑われる。そんなこと言ってたかな? 覚えてないが、確実に言ってそうだな。
何かこう……私の血が妙な感じに色濃く濃縮されてるな? 面白い……

最近はロシア語からドイツ語にも興味がいってるらしい。興味がある国は、ロシア、ドイツ、イタリアも少々、スウェーデン、などなど……偏ってるな。
日本の古代はそう興味がないが自衛隊が好き。ふむ。偏りが顕著。

プロテイン、って単語を「プロイセン?」と聞き間違えられたあたりから、何やら濃い話をされる。
ヘタリア?? スマホで検索して画像や文章を見せられる。ほぅほぅ。そういうことね? これは腐系の方々が好きそうね。

「ああ、お腐れ様ね?」

最近はそういうのね? 旦那だった人には通じないようでふたりで笑う。
凝った設定で面白い。これなら私も少し興味わく。そして娘の説明が止まらない。ほんとに好きなのね?
娘と話が盛り上がれるなら、嗜んでみたいかも。

また再来月あたりに会う約束。誕生日プレゼントにもふもふのぬいぐるみをあげる約束をしたが好みがわからない。
ハクタク様のしっぽ? よくわからないが調べてみよう。
食べ物のリクエストはパスタ。今度はゆでた小麦粉系か。たまにはよいな。

またね、と別れる。
腹具合を確認して、変わったな、と思う。焼いた小麦粉がこんなに入らないとは。
半年前の、心理の師匠の言葉を思い出す。

「お腹がいっぱいなのに食欲が止まらないのは、それだけ危機的な状況だからですよ。」
「脱したら落ち着きますから。今は、食べてください。」

あのときの私には、あれは当たってた。
遡ればさらにその前、結婚してた頃も。その前も。
精神的なものが食欲にはずいぶん影響するものだな。精神なのか、意識なのか……

変わったよな。
運動に意義を見出せなくて、食べたいものをそのまま食べてた私が、ちゃんと調整してきたものなぁ。
過去、どんな理由でも変わろうと本気では思えなかったのに。今は、こんななんだな……

私の”食べること”に対する執着ってなんなんだろなーと考えていた。美食ってわけでもないのだ。舌は鈍い方。並ぶの嫌いだから行列店には行かないし、わざわざ遠くに食べに行ったりもしない。作る時間と食べる時間のコスパが合わないので、凝った料理は作るの好きじゃない。
とすると何に執着してるっけ?
と考えたら、根深いものだな、と思いだしてきた。

幼い頃、食事は楽しいものではなかった。母は笑わなかった。父は難しい顔してた。兄もあまりしゃべらなかった。
それ以前に、あんまり家族4人で食卓を囲んだ記憶がない。一家団欒は縁がない言葉だった。

小学校中~高学年。平日はほぼ塾通いしていた。今も覚えている。19:00~19:10の間に、小腹を満たすために何かを腹に入れるのだ。家から持たされるとしたら、海苔がべったり張り付いたおにぎり。と、粉末を溶かしたポカリスエット。あの記憶が強すぎるのか、おにぎりは海苔を巻いたしっとりタイプは苦手だった。ポカリスエットは飲んだらたぶん、下手すると吐き出す。
もしくは、マクドナルドだったな。フィレオフィッシュを当時はよく食べてた。それか、ナゲット。
あの頃って今よりハードスケジュールだったな?

中学~高校。
父は説教を垂れるのが好きだった。日曜の午後に「ケーキを買ってきたから食べろ」と召集され、出されるのが不二家の黄色いモンブラン。ケーキを免罪符に、よくわからない説教を数時間聞かされた。
今も黄色いモンブランは大嫌いだ。殺意が芽生える。

条件付きの愛情しかもらった記憶はない。それでも愛情で、衣食住の不自由なく、教育受けさせてもらったのはありがたい。私には向いてなかったが。
愛情をもらうための条件が、コロコロ変わるのはキツかった。特に、母。自分の言葉を、数か月後には忘れて、こちらが大ウソつき呼ばわりされて逆ギレされた。
たぶん50代でもう、軽くボケだしてたんだろう。
当時はそれがわからず、真面目に受け止めては混乱していた。

結婚して築く家庭に望みを託してた。
あの頃執着してたのは、“家族そろって晩ごはんを食べること”。成功体験なさすぎて肩に力はいりすぎて、詰んじゃって家出してしまったが。

計画性皆無で家出したので、自炊できるまでにしばらくかかった。
それまでに食べた冷たいご飯の数々が心身に堪えた。食事への執着が強くなったのはあれがきっかけ。
金がなかろうが、温かくて、人の手が掛けられた物を食べないと、人としての根幹が損なわれる。堕ちるとこまで堕ちるな、コレ。とぞっとした。

落ち着いたあるとき、自分で作った些細な食事を改めて眺めたら、すげー奇跡が無数にも重なって存在する宗教がかったものに見えた。
どれだけの人の手を介したんだろう。どれだけの生命がここに凝縮されてるんだろう。
私はこれを調達するだけの収入を得て、エネルギーを割いて、自分のために作ることが出来たんだなー……と。
生きたい、活動したい、よりよくなりたい、と願ったから、この食事は今、私の目の前にあるんだなーと思ったらとても尊いものに見えた。
まー、ガツガツ食ったけど。

『美味しい』には3種類あるのかな。
ひとつは舌で感じる美味しさ。美食ってヤツ。
ひとつは脳で感じる美味しさ。生理的なヤツ。
ひとつは記憶、感情で感じる美味しさ。
私が執着強いのは、みっつめだな……こんなメモ魔なんだから。記憶や感情を大事に抱え過ぎてる。
それを差っ引いても、一番威力があるのは『記憶』『感情』なんじゃないかな……

実家の近くに引っ越して半年が過ぎた。ずいぶん母が変わった。
家からたった80m先の大戸屋さんに行くのすら大抵抗していた母。
その人が、先月、父と一緒に実家に里帰りした。法事で。
その前に「迷惑を掛けたら嫌だから」という私には謎だが、母には筋の通った理屈で、自ら自分の悪いところを診てもらいに病院に何度も行った。脳みそ診てもらい、皮膚科に行き、耳鼻科に行き、電車で30分以上かかるところにも、ひとりで。
その途上で、必要な知識を自ら仕入れ、私や兄の話に耳を傾け、通りすがりの方に道を聞き、病院で自己主張をし、疲れて帰ってきたらしっかり休み……そして、自分を責めなかった。
すげー偉業で冒険で……武勇伝を聞いて、もうなんていっていいかわからず感動した。ここまで変わるか?
そして十年以上ぶりに母の血筋の親戚たちに会い……素敵な食材と、話をお土産に帰ってきた。
ふきのとう。芋がら。切り干し大根。
どれだけ向こうの奥さんが料理が上手か。ふきのとうをどれだけ丁寧に摘んで剥いてくれたか。芋がらと大根を干して、ゴミを取り除いて。手間暇掛けて。
向こうで私の話をたくさんしたのだ、と。
連れてきてくれる父は本当に優しいねぇ、ラブラブだねぇ、と散々言われた、と。
いろんな話が3週以上するのをうんうん頷きながら聞き、スープにふきのとうと芋がらと切り干し大根を大切に入れた。美味しかった。ふきのとうは私には苦かったが(´Д`)

母は髪が増えたそうだ。黒いのもずいぶん増えた。鏡を嬉しそうに見る姿は女性として、私よりちゃんとしてる。
浮腫みが取れた、骨がゴツゴツする、と手足を示す。私と同じ現象で頷く。
記憶が前よりしっかりしてきた。私よりもときどき、記憶力がいい。
少し料理をするようになった。あの超薄味のブリ大根は本当に絶品。あと、調味料一切なしの、ほうれん草入りの卵焼き。どっちも私仕様。
そして毎朝、差し向かいで時間を過ごす。2回に1回くらいは一緒に食べる。
「美味しいー!」
と互いの料理を褒め称え合う、謎の儀式を執り行っている。

「美味しいって言われると、作るハリが出るね!」
「お父さんもお兄ちゃんもぜんぜん言わないんだもん。」

だから作らなくなったのか。あのふたり、私にずいぶん『料理を作らなくなった』とグチってたが、そんな反応じゃ作るわけなかろうに。
……私が美味しいって喜ぶから……そうね。

ひとりで作って食べるスープは美味しかった。
でも、母とふたりで食べるスープは、もっと美味しいのだな。入れてるモノ、ひとりのときと変わらないのに。
幼い頃、見たくて見たくて何をしてもどんなに切望しても叶わなかった母の笑顔。
今は毎朝、見ている。

週末は4人で食卓を囲む。
最近ようやく落ち着いたが、先月くらいまでは母が毎回泣くのが困った。
「こんな日が来るなんて。」
悪かったってばさ。

週に3~4回、まとめてスープを作っている。母や兄に大変だろうと労われるが、そもそもひとりでも作るものだ、大して苦にならない。黙々と切って煮るのは、よい気分転換。
しかもお代が。
母の笑顔。ツンデレ兄がデレを垣間見せて食べる姿。仏頂面の父の、見えづらいところでデレる顔。
ねぇ?

うちは単に全員が、こうして一家団欒したかっただけなんだよな。不器用で40年かかったが。今も板についてなさ過ぎて、おままごとみたいだ。
だが今、こうしているのは単に運がいいだけだ。他人様に勧める気には到底なれない。
外的要因に依らずとも、人は自分で自分をしあわせにする最低限度の力を持ってる。今もそう思ってる。
私もほんとは家族に依らずに、ひとりでも自分をしあわせにしようと思ったんだよな。それも功を奏してるのだが。
その途上で、なぜか外的要因も整ってしあわせがもたらされてきてる。必要な成長、だったのかな……

私が栄養改善されたことで、ずいぶん広がったものだ。
実家と復縁できた。母が変わり、実家の雰囲気がガラッと変わった。
娘に会うことも叶った。だけでなく別れた旦那とも笑って話すようになった。
一家団欒する箇所が、2か所……なんだそりゃ。ありえん。
友人も増えたな。他愛もない話を出来る人が増えた。
トレーニングの話を出来る人も増えた。共通項があるから話が弾む。笑う。ときどき安心して、恥も外聞もなく、泣く。
それで疲れて、笑って美味しく食べる。

人間だれしも、望むことはこのへんに行きつくんじゃないかな。
毎食じゃなくていいから、心を許せ、言語が通じる人と、楽しく笑ってごはん食べたい。好みと志向によって、細部が違えど。
たぶんそれが出来てれば、自分のことがんばれるんじゃないかな。栄養成分だけじゃ、大切な何かが足らないんだと思う。人の想いは、確かに何か、力を持つ。
それが足らないと、私のように迷走するし、母のように早くに脳みそボケだす。
20代~40代なら恒常的に孤食でも自力でどうにかなるが、それ以前・以降は心身に影響が出るんじゃないかと感じる。

たぶん、あんまりにも”がんばれない”なら、根本的な理由がある。か、最適なやり方をしていない。単なる甘えの可能性も高いが、私にはまだ識別が付かない。
ただ、理由があるなら、それを解消せずに、意識だけでがんばろうとしても失敗するし、追い詰められて自責で詰む。母のように。私のように。
母に必要だったのは「美味しい」の言葉。会話。
私に必要だったのは『このままじゃほんとにマズい』と追い詰められること。
そしてふたりともに足りなかったのは、知識とスキル。
本当にちょっとしたことで激変するのだ。

うちの実家で起きた変化が、もっと手軽に、もっと遠くまで、届けばいい。再現性を持たせて、もっと広範囲に。
私に向いてるのは、これを広げることだろう。
ひとりでも多くの人が、気が置けない人たちと出逢える可能性を高められたら。
食事相手を、家族を、友だちを、作れたら。壊れてもまた修復できたら。そんな力を持てたら。
それが出来るだけの力を得られる食事……あれが、知識でスキル。
詰んでたあの頃の自分にも届くくらいに、拡散したい。
それこそが、私に導き出せるかもしれない、最大公約数的な最善解だろうな。うちらの作るゲームの大きな柱の1本になる。屋台骨に近いかも。

“母の笑顔が見たかった。”
あの切望が、私の人格形成に強く影響を与えている。
“笑顔が見たい”が、私の根っこになった。
笑顔……だから誰かの望みと重なりやすい。同時に、分離が難しい。
そして度が過ぎると暴力になるし暴走する。やりたいことが拡散なら、へんなもん混ぜちゃダメで純度を高めねば。難しい、が。
さらにその奥。恐らく、1番笑わせるべきは、自分だろな。自分じゃ見えないから死角で盲点。でも自分が笑わねば伝播すまい。
私が1番笑うのは……それが結局は、純度の高い私の望み、か……
私は心から笑えているか? それが唯一絶対の尺度、か。

まだバランス悪くて不安定だが、ほんの少しだけ、視点が変わる瞬間がつかめた。新しい感触がする……これを獲得できたら、暴力的な側面が削れたうえで、もっと自由になれる、か? 安定度が増して、”暴走”だったのを、”推進力”に転換できる、かも……?
試していかねば。
せっかく生まれてきたのだ。使い切らないと、損だな。

[Facebook記事]

”無条件の『愛』”と”承認欲求”への折り合いの付け方

順番前後。

17.03.29(水)心理
遅れたのにはワケがある。いやもう、これまでで一番、話がかみ合わずにしっくりこなかった……キツかった……orz
使う言語のチューニングがまったく合わない。

「”自分の嫌いなところを愛する”ことが必要です。」
「……? “愛する”って具体的にどうするんですか?」
「恋愛したことないんですか?」
「一応あるんだと思いますが……」
「相手のダメなところも好ましく思いませんか?」
「うーん……それって自分のダメなところを相手に投影して愛でることで、代償行為に浸ってるだけじゃないんですかね……? 愛ってそういうモノ……?」
「無条件の愛ですよ。相手が”○○だから”好き、のような条件がない。」
「……条件が皆無って、人間に不可能だと思うんですが……承認欲求は消せないんじゃないかと……」

ヒドいな、この会話。欠陥人間ぷりを見事に露呈。
いつもなら通じる師匠と言語がかみ合わない、ってのはなかなか精神的に堪えた。まぁでも、しょうがない。

今回のもろもろの課題を突き詰めると根っこはひとつで『承認欲求をどう満たすか?』だなと腑に落ちた。
ってことは、師匠とムリにかみ合わせようとする行為はすなわち”自分の考えを認められたい”って欲望を通すために師匠をムリヤリ変えたいって傲慢な欲望で……課題が1週回って返ってくる。
まんま、承認欲求の暴力的に強烈なヤツじゃん……orz
気付いた瞬間、ココロから”めんどくせぇ……”とうんざりした。
のでなんかいーや、と思った。そう心から思えるまでに1週間かかったけど。承認欲求、めんどくさい。

私の致命的欠陥の『自己評価が低い』と『承認欲求』が乗算されるとさらにめんどくさいことになる。

自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に評価を強要する
自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に嫉妬する

これをどう処理するか?
師匠からは呆れたように言われた。

「言われたかったんですよね? 必要だって。
つまり、他の人から評価されたかったのですよね。
だったら最初からそう言えばよかったじゃないですか。」

つまりゲームを仕掛けたのだろ、と。
プライドが高いから言えなくて、言わせようと駆け引きしたのだろう、と。

言われてることはわかるのだけど、全面的にそうです、とは言えなかった。何かが違う。
そういう心情が皆無だったとは到底言えないが。
『私のこと評価してください。どう思ってるんですか? 役に立ってますか?』って質問して得られる回答がYesだったとしても、私は満足も納得も出来ない。
のどが渇いたときに飲む塩水と一緒だ。
求めれば求めるほど、承認されたい欲望は膨らみ、周囲への重荷になる。不毛だ。
ほんとは師匠の言うとおり、一般的にはこじらせる前に軽く言えて、Yesもらえたらそのまま受け取れて満たされて終わるんだろう。そう出来ない私は平均より承認欲求が強すぎる上に、プライド高い。だから自己評価が低い。

と考えたとき、アレと一緒か、と思いついて腑に落ちた。私の強烈な承認欲求はコレと通じる。

『私と仕事とどっちが大切なの!?』

言ったら終わっちゃうヤツなので、言わずになんとかしたい。解法は1×2パターン。

1つは”自分を変える”。つまり大切にしてもらえる自分になる。
もしくはこんな承認欲求がどうでもよくなるくらいに別の何かに打ち込む。

もう1つは”状況・環境を変化させる”。
パターン1は、待つ。つまり時間経過による変化を期待。
パターン2は、別れる。自分で起こせる変化はこれくらい。

ので辿る道筋は2つ。
A『自分を変えつつ待ってたら、振り向いてもらえた』か
B『自分を変えて待ったけど、諦めて別れる』。

私はこの2ヶ月でこの解法をずいぶん用いたよなー、と。師匠の言う『人に承認をお願いする』じゃなくて、『自分が主導権を握っていたかった』。
自分の脳みそや心のコントロールを、制御不能な“誰かの手”に委ねたくなかったんだよな。だって承認してもらえなかったら恨んじゃうかもしれない。それは不毛すぎる。

ここのところ、Bをずいぶん選んだ。いろいろ頑張ってみたけどもう私にはムリなんだろな、そろそろ白黒つけないと動けなくなるなって思ってたことがたくさんあったので。
そのままBに行ったのもあれば、Aに転じたのもある。よくわからんのもある。
で、あらかた推移が落ち着いた現時点で、私の心は穏やかなのだよな。満足いってる。だからこれでいーのかなって。師匠からはツッコミどころ満載みたいだけど。
次に師匠にお会いしたときにまたツッコまれたら、どうなるんかなぁ……。わかんないから、そんとき考える。
だいたい師匠の指摘事項は他にもあって。

「そんなに人の許可を得なくていいんじゃないですか?」

ですよねー。自分がよけりゃ、いーんですよね。承認欲求が飛ぶくらいに、やりたいことが出来てれば。怒られたときに、考えれば。

最近、いろーんな方の話を聞いた中で、言われて飛び切り嬉しかったことがある。
「でしょうねぇ。」
「久禮さんは自分のことをさておいて、全体のバランスを観て動く人だから。そういう人が近くにいるってだけでストレスが激減しますよ。」
「昔の男性にはそういう働き方する人多かったけど、最近は減ったから。」
「そういう人は、自分自身で何かをしなくていいから、技術力云々じゃないですよ。」
そういうことなのかな?と少し腑に落ちた。
もう何年前だろう。

『私は役に立ってる?』

って自問自答したときに、No、と答えが出てしまった。
それでも仕事しなきゃ生きていけないから、自分の存在意義を見出すために考え方、やり方を変えた。技術力なくてひとりじゃ何も出来ないから、全体の成果が出たらいい、って思うようにした。周囲の人たちが気持ちよく働けるようにしよう、技術力ある人に頑張ってもらえるよう場を整えようって。
触媒的な働き方を考えて選んだのだな。
ようやくそのスキルが周囲から認められるレベルにまで育ったのだろう。触媒自体は化学変化起こさないから自分じゃ変化がわかりづらいのかもしれない。それが自己評価と周囲からの評価の乖離に繋がったのかな。それくらいに、触媒能力が発揮できたのかもなぁ……
サラリーマンとして働く上での、ひとつのスキルがようやく、開花できたのかな。

でもそればかり強化したから、自分のために何かを叶える底力が成長しなさすぎたのかもな。自分のやりたいことや欲しいものが、よくわからなくなるのかもしれない。自分と誰かの願いを重ね合わせて最善解をあぶりだすんじゃなくて、自分の願いを純度を高めて磨き上げて相容れない誰かの願いに対して唯一絶対の解として叩きつける力。
……純粋に格闘技を”やる”人間として、どこまで行けるかを追求することで、磨かれるのだろうなぁ……
たぶん両方ができないと、格闘家の方は上へ行けないんじゃないかな……まさに私の目指したい姿なんだろな、きっと。
“自分の願いの純度を高める。”
苦手分野なので尻込みしがちで、ちょっとブルー orz でもわかってるんだよな。だから尻込みしながらも望まずにはいられない。
どうやったら、私は自分で胸張って”格闘家”だって言えるようになるかな? 私にとって“格闘家”の定義ってなんなんだろ。
とりあえずは、自分が納得いく形で、試合に出られるようにしないとな。少なくとも“人前に出て勝負に出られる人“”寝てるように見えて機を逃さない臨戦態勢の人”ってのは、必須条件だから。試合自体は“格闘技の試合”に必ずしも限定しなくていいのかもしれないが。……っていうのは、逃げなのかな orz

触媒としてのスキル追求は一定段階に到達した。
次は、化学物質としてのスキル追求をするべき段階なのかな。
化学物質としてのスキルが増したら、触媒としてのスキルも効果が爆発的に増すのだろう。もっと面白い人間になれるはず。

……格闘家の方々の仰る言葉は、刺激的だな。断定形を使う。自ら挑戦的な言葉を自然体(に見える姿)で口にする。
あれを、出来るようになりたいな。怖いけど。

ここまで触媒能力が増せたのは、私の化学物質としての能力があまりに残念だったからだ。
技術力が足らないうえに、承認欲求が強くて、プライドが高かったから。だから生きるために”自分を変えた”。
以前の自分はキライだったけど、最近の自分は割りと好きだから、これでいーや、と思う。技術力足らなくても、承認欲求強くても、プライドが高くても、割りと好き。むしろ好き。これからもっと好きになる。満足。

ようやく手元にきた、新しいペンダント。
前のペンジュラムを想起させるコロリとしたローズクォーツ1粒&金色チェーンのデザイン。チェーンは肌に合わないので換えちゃったけど、どうもピンクとゴールドに縁があるらしい。なんだろね? ローズクォーツの意味は……

「無条件の愛」
「自分を愛する」

って出来過ぎだろ(´Д`)
あーあ。見落としがあんのかな。目を背けてることがあんのかな。
師匠には私に見えてないモノが、見えてんのかな……だろな……どーしたら、自己評価が自分相応に適切になるんすか??

で、「気に入ったから」と同一デザインをご自身にも作って身につけてた師匠。あの噛み合わないセッションの中、首本のペンダントはぴったり合致していた。似たもの師弟なんですよね、きっと。だからきっと、なんとかなるだろ。

[Facebook記事]