思索

人が”何かを始めない”のは? / 既にゲームは。

さて、どう話したもんかな?と思案しながら、肉を食べに行く。

17.04.24(月)ランチ:T氏
T氏は部活で上田さんから栄養指導を受け、1週間の食事の記録を取った。そして全食事の写真を、部のグループページに投稿した。
その際のT氏と上田さんのやり取りが気になっていた。この間の土曜は出られなかったT氏。今後の宿題をどうするのかな?と思って見てたが、その話が出ない。私がその話に触れたら、上田さんとT氏のコメントのやり取りが途切れた。
思い当たる節はある……と考えつつ、Tセンパイの加圧体験を見学し、やっぱそういうことだよな……と認識を深める。
肉が焼き上がってくるのを待ちながら、とりあえずT氏に聞いてみる。

T氏は1週間、記録を取ったわけだけど、その後、どうしてる? 記録を取り続けてる? これからどうしたいとか、ある?

「あー、週末から何も記録も取ってないねぇ。」

やはりか。と、納得する。そういうことだよな。

先週の金曜日。T氏が珍しく私の席にやってきて食事の記録をチラ見させてくれて爆笑した。

『くれ氏なら笑うと思って。』

の言葉に大いに頷く。これは……すごいね…… なるほどこの食事の蓄積が、その身体になるわけだ。妙に納得した。
笑うしかないのだが、同時に引く。私ならこの食事は耐えられない。ドン引きする。
でもT氏は、こうして改めてその食生活を目の当たりにしても本当には”マズいと思えてない”し、”変わりたいと願えない”わけだよな……。

加圧トレーニング。T嬢は継続してるし、Tセンパイも要相談ながらも継続はするはず。途上で上手くいかない箇所は自ら上田さんに質問して解決していくだろう。
でもT氏はそうならない。

本気度が、掛けてるコストに出るんだよな。
T嬢、Tセンパイは毎週4000円近くを払い、時間を捻出し、約束をして上田さんのもとへ通う。約束を違える際は、連絡をして謝らねばならない。それだけの価値を見出し本気で取り組んでいる。
T氏はGSA会員ではあるものの部活で払ってるコストは少額で、心理的負担もほとんどなく休むことができる。ジムも部活も参加は義務ではない。
この現状は、私がT氏にお節介やいてて甘いからでもあり、これがテストケースだからでもあり。

だが私としてもこれはダメだな、と思う。
上田さんのあの貴重な教え。
『世の中には頭のおかしな人間がいます。僕のように。』
『命がけで断崖絶壁を降りてその向こうにある果実を獲ってきちゃうんですよ。』
『それをただ受け取って、使えばいいんです。僕をトレーナーとして雇用するのは、そういうことです。』
上田さんのあの栄養の話、命がけで獲ってきたあの果実は、本気で雇用してない人に教えていい話じゃない。そんなん、あの価値を一部に過ぎないとはいえ、身を持って知る私自身が許せない……かといって、T氏が悪いわけでもない。
上田さんが、それでも教えてくださったのは、私とT氏に機会をくださったから、そしてこのあとどうするかを見たいからなんじゃないかな。

んで。コレが欲しくて、私が、対価を払ってたんだよなぁ。
いきなり加圧トレーニングやると決意して毎週4000円近くを払うのは、重い。私を通して上田さんを知っていたとしても。さらに初めての人には? 他のトレーナーさんなら?

『人が”何かをやめる”のは、期待通りの結果が得られないから。』

こうも言える。

『人が”何かを始めない”のは、結果として得られるモノの価値がわからないから。』

だよな。

“格闘家の方は身体作りのエキスパートで、とても優れたトレーナーである。”

頷くのだが、上田さんはじめ格闘家でトレーナーの方々が『命がけで獲ってきた果実』の味と価値が、住む世界が違う人たちには『結果』として猛烈にわかりづらい……
なので過去の私やTセンパイみたいな人間がトレーニングを受けにくるのがあり得ない事態すぎて、上田さんから初回で『これが最初で最後の機会です』と言われることになる。
違う世界の住人同士の交流を深めるにはどうすればよいか? どう間口を広げ、私やらTセンパイやら必要な人たちが、見知らぬその果実の存在を知り、手を伸ばそうと思えるようにするか、格闘家でトレーナーの方々の社会的地位を上げ、もっと果実を獲ってきてもらうか……
そう考えたら、まずはもっとハードルを下げて段階を踏めたらいい、と思っていたのだ。
例えば月額800円程度で変わるきっかけをつかめたら?と。
でも単純に単価を下げるだけでは、ムリらしいとT氏を見て理解した。本気度が低いまま果実を目の前にしても、果実をかじってくれないので価値が伝わらない。
ではこれをどう解決するか? 美味しい命題が、湧いてきた。こいつに何かしらの解を導き出すのが、うちらのゲーム作りには必要だと思う。
てわけで、完全ノープランだが、T氏と会話をしてみようと思って、ランチに誘ったわけだ。

「なるほどね。」

T氏はあの食事をあんま変えようと思えてない、のかね?

「そうねぇ……変わらなきゃとは思うよ? でも自分からそこまで動けてないってのは、そういうことだよねぇ。」

だよねぇ。
なんでだろね?

「他の人はどうなの? ダイエットってだけで動けるもの?」

うーん、ダイエットは途中の手段かもね。
私は格闘技やるために筋肉つけて絞りたい、でしょ。
他の子は、可愛い服を着たいから、てのもあるよね。
あと疲れやすいから元気になりたいって人もいる。
それから、家族のため、かな。

「途中の手段ね……」

だからなりたい未来像が描けるか、かもしれないよね。
家族のためってのが一番切実だと思う。
栄養状態がいいとさ、毎日するちょっとした決断がぜんぶ、よりよい最善手が選べるようになるんだよ。場合によっては、これまで選択肢が浮かばなかったところに、選択肢が出てきたりする。
1日だけだと些細な差でも、1年2年、10年20年って積み重なると、大きい。
あのおうちの旦那さんの生涯年収が本当にがらっと変わるんじゃないかな。
まだ見ぬお子さんも、もしかしたら。
T氏は独り身だから今はそういうのないかもしれないけど、これから、さ。

「要するにそれだけ真剣に本気で取り組む人のためのもので、自分みたいな人間のモノじゃないってわけだ。」

違うよ。そんなことない。
そんな小難しいことじゃないんだよ。

「……想い描けないんだよね……」

T氏が漏らしてくれる言葉。
そうだよね、と思う。わかってて言ってる。ごめんよ。
必要だと思うのに、どうしてもがんばれないなら。
がんばれないのには、理由がある。最近、ほんとにそう思うよ。

雑でヒドいこと言うけど。
どうせほっといても、あと30年、40年生きちゃうんだよ、きっと。
だったらさぁ、よりよい暇つぶししたほうが、いいじゃん。1年だか2年だか、本気でなんかやってみてもいいじゃん? 結果が好みじゃなかったら、それで止めればいいんだしさ。それでもまだ、1割も暇つぶしできないんだから。
生きてるんだから、さ。
どう暇つぶしして、どこまでたどりつけるか……見てみるのも一興じゃない?
そしてそれを、お土産話に、さ。

T氏が耳を傾けてくれる。
だんだんと興味を持ってくれ、加圧の話をする。

「え、血管、太くなんの?」

なるなる! んーと……私は代謝機能が残念だからまだ見えづらいけれど、でもやっぱ太くなったよ!
あと本数も増えるって!

「は? 本数?」
「血管って、もって生まれたそのままじゃないの……?」

でっしょぉぉぉーーー?? そう思うよね!?!?
そうじゃないんだって!
私もその話を初めて聞いたときにビックリして、それで興味持って、加圧体験お願いしたんだー。
血管増える分、疲れにくくなって回復が早くなるらしいよ。実際、そんな感じするもん。

「……それ、イイ。」

へ? そこ?

「うん。俺さぁ、血液検査のとき、断られるのよ。血管細くて。」

はぁ……

「太くなりたい。」

そこ?

「マニアックな理由だと思うけど。」

いや、いいと思う。私も”血管増える”が一番最初に惹かれた口だから。
人それぞれだよね。
一度、上田さんの加圧体験受けてみようよ。他にもいろいろ効果あるし、どんな結果が期待できるか、直接聞いた方がいいよ。

T氏がそうする、と言ってくれた。

なんかいろいろ、判った気がする。
いいんだ、これで。

やはりあのトレーニングは既に現状が最低価格だな。むしろ今後、もっと上がっていって然るべき。
うちらの作るゲームがやるべきこと、わかった気がする。
それぞれの”がんばりたいのにがんばれない理由”にフォーカスして寄り添うことだ。そしてあのコストを払えるだけの状態になるまで見守る。続くよう応援する。
千差万別で、人それぞれで、繊細で……すげー手間暇かかるけど、どうしようもなく、大切なことだ。

がんばれないのには、理由がある。

それをなんとかしないと、がんばれないのだな。変わりたいって願えないのだな。
人間、元気でないと変わりたいって願えないんだよ。変わるにも準備がいるんだ。
まぁ別に変わらなくてもいいんだけどさ。でも……人間の特権だと思うんだよ。
“もっとよりよくなりたい”
“もっとしあわせになりたい”
って願って、行動を起こすのは。

上田さんに体験の予約をお願いしたらすぐに『バキバキにしましょう!』とお返事をいただいて、それは楽しみだな、と笑った。
筋肉だけは裏切らない。
私も最近、そんな気がする。
T氏がどんな変化を遂げていくのか。楽しみだ。

ねぇねぇ、Facebookでネタにしていい?

「へぃへぃ。お好きにどーぞ。」

ありがとー!

最近、書くことで広がりを感じる……
読んでくださって、感想くださったり、やってみたいと言っていただいたり……

ピラティスな方がTセンパイのためにと、すごく真剣に有益なアドバイスをくださった。

リバウンドしないための取り組み方のコツ。
みんなで楽しむこと。
なぜ楽しむことがよいのか?
垂涎すぎて電車の中で目がハートマークになった。こういう世界があるのね!!
そのままTセンパイ、T嬢にピラティスな方からアドバイスいただいた!と伝える。みんなのモチベーションが上がる。
そう、ムリせず、楽しもう……
しかしピラティスな方……アドバイスと知識を、Tセンパイに直接じゃなく、私にくださるのね。
『Tセンパイを、よろしく』
その言葉は幾度か聞いた。
その意味するところは……ひとりでがんばるのはつまらないから……その応援をする人として、私に某かの期待、もしくは面白みを見出してくださっている……? いただいたタネを、どう使うか……
これを広げる……
そうね……上田さんやピラティスな方だと、本職過ぎてガチすぎる。がんばれない人を理解しづらいだろうし、あの方々の持つ果実は威力が強すぎて対価なしに放っちゃいけないモノばかり。
その点、私は程よい中間地点にいる。

そうか。
ピースの凸凹がカチリとハマる。
私が好きで、得意な分野か。”感情”と”意識”を見守り、メンテナンスすることは。
身体を機能的に動かすための重要な因子のひとつ。
ミクロでもマクロでも、システムを安定稼働させるための、大事なパーツ。
私が担うのは、担ってるのは、それか。

ふと不思議な感覚に陥る。
既に私はもう、ゲームを作りながら遊んでるんじゃないか……?
この一連の感覚こそが私が欲しかったものだ。
自分の予想を超えて広がって、何かが動いて、変わりたいと願う人が最善な方法で楽しみながら変わって……関わりあい。さらに輪が広がり。
それを見てくれる人がいて。応援してくれて混ざってくれて。
新しく何かを勝ち取る。自分に出来ることを再発見する、この喜び。
これこそが。
私のやりたい、テーブルトークRPG。テーブルの上、脳内の妄想を超えて現実世界に広がる。めっちゃリアルなソーシャルゲーム。
私視点で文章を紡いでいるからGMが私に見えるけど、関わってくださる方、読んでくださる方、ひとりひとりがみんなGM。だって読んだら必ず、何かしらの影響を受けるから。世界を見る目に、レイヤーが1枚、重なるから。知らぬところで読んでいただいて感想もらって感動した。私の脳みそを超えて、世界が広がってる。
書くのは私でも、読まれたときに何が起きるか……それはもう、私の手の及ぶことじゃないんだな。
それぞれのストーリーがある。幾重にも重なり、オーロラのような深みのある色合いを醸し出す。
やべー……おもしろく、なってきた……。

[Facebook記事]

ボタンの掛け違いを今度こそ

「マズい、泣きそう。」
「泣けばいい。」

隣にいたT嬢の断固とした間髪入れない言葉に思わず零れる。理解も扱い慣れもされてるなぁ……安心して泣ける。

17.04.20(金)Sさん送別会
10分遅れて主賓のSさんが到着。斜め後ろの席に背中合わせに座った。
T嬢と栄養の話をしていたらSさんに言われた。

「くれさんのFacebook見てたら電車を降りそこなって遅刻した!」

え?

主賓なのでお忙しく、気になったものの詳しく聞き損ねた。
昼に連絡先を交換したのは確かだ。Sさんは来週、加圧体験に遊びに来てくださる。その際の参考になれば、とピラティスな方が体験されたときの投稿もお知らせしてた。

『Facebook、めちゃレベルの高い記事でびっくり。そして面白い。くれさんは見せる文章ですね!』

なんと嬉しい。日本語長いコンプレックスが久しく、そんな褒めていただくなんて面映ゆい。あの体験記事のことかな??
予想しつつ、遅ればせながら、Sさんから入ってたLINEに気付く。

『久禮さんのFacebookで別の投稿を読んでいたら、深い話で自分も考えさせられる内容があった。
で、それを読んでいたら送別会に向かってるけど 降り過ごしました(笑)。』

どれのことだろ……?
テーブルを回ってきてくれたSさんに聞いた。……あれか。

『仕事なりダイエットなり、人が”何かをやめる”のは、期待通りの結果が得られないから。』
そして『ちゃんとした人間になりたい』。
あの話。

「私も”会社を辞める”から重なって。最後のほうは泣きそうになっちゃった。で、気付いたら降りる駅過ぎちゃって!」

で、10分遅刻。
……そんな読んで、くださったのか……。
興奮したようにすごい笑顔で話してくださる。

「すごく深く掘り下げるんですね。」
「感情がこもってて。」
「でもシステムの人だから理屈が通っててロジカルだから読みやすい。」
「文章がするする読めちゃう。」
「くれさんは、うちの会社のサイトの文章を書いた方がいい!!」

マズい、泣きそう。

「泣けばいい。」

ありがとう。
こんな褒められるなんて。

と呟いたら他の方にも言われた。

「や、褒めてるっていうより、感想ですよね。」

う。

「褒められ慣れてないからー。」

T嬢に笑われる。うぅ……

Sさんの話はピラティスな方に移る。

「私、誤解してた。あんな可愛らしい人なんですね! もっとお話ししてたらよかった。ピラティスも行ってみたかったのに。」

泣ける。泣けちゃう。
そんな感想……もらえるなんて思ってもみなかった。
あれは本当に楽しかったから……手が止まらなくてダダ漏れしてしまっただけなのに。満たされる。

私が書く目的は”自己満足””カタルシス”。
消せない欲望は”私の大好きな人たちを知ってほしい”。

欲望が満たされるって、こんな幸福感か……

ピラティスな方。
きっと、見るからに”女性の中の女性!!”なオーラをまとうSさんに全力で人見知りしたのだろう。
その壁が破られないまま、互いに退職。だからおふたりは在職中にお話しすることがほとんどなかった……

後悔が、押し寄せる。
もっと早くに、Facebookで会社の人たちと繋がればよかった。後悔してる。
“私なんかが”なんて萎縮を捨ててれば。遠慮を捨ててれば。
好きな人のことを、もっともっと”好き!!”って表現して大声で叫べばよかった。なんで躊躇したんだろ。何を恥ずかしいって思ったんだろ。
あの方の可愛らしさを知らない方が、やっぱりいたのか。
でも、私の文章を通して、知ってくださるのか。
Sさんは、そんな素直にオープンに、私の文章を読んでくださる方だったのか……そうだよな。そうだった。

Sさん。
半年くらい、か? 同じチームだったことがある。
チーム定例会議で毎週ひとりずつプレゼンをしていた。私が最後にした本の紹介。
『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』
あの話をとても目をキラキラさせて聞いてくれたのがSさんだった。本を読みたい!と言ってくださったのでお貸しして……ふつーに忘れてた。異動のバタバタもあり。
Sさんはずっと本を返してないのを気に病んでいたらしい。その後1年以上経ってだろうか? すごく素敵なバスソルトを添えて、本を返してくださった。そういえば!と思いだした。お貸ししたの忘れてた。
バスソルトがちょうど切れてたのでますます嬉しくて……癒された。

「くれさんのトレーニング後の疲れにいいと思って!」

Sさんがそんな想いで選んでくれた品だなんて絶対効く……美容にもよさそう……
ありがたく贅沢にお風呂につかり、満喫した。
ずっとSさんは私を見るたびに、本を借りっぱなしなのを思い出しては気が咎めていたのだと言う。私はすっかり忘れていたのに。

私は私で……
異動直前か直後だったかと思う。あることで、Sさんにちょー怒ったことがある。
“どうしてわからないのだ!”とかんしゃくを起こした。
いつも朗らかで笑い声が素敵で……そんなSさんを思いっきり、しゅんとさせた。嫌な思いをさせてしまった……嫌われただろうな、と気が咎めた。
そして仕事で関わることがなく、距離があったのだが……

「あのとき怒られたのは会社のルールを守らなかったからで、正しかったから。もっともだなぁって。」

そう、振り返ってくださった。
許されてたのか。最初から。

どうして、勇気出して話しかけなかったんだろ。お昼に誘わなかったんだろ。
所属が同じだった頃、こんなことを言ってくださった。

「家でいつもくれさんの話してるんです! こんな熱い人がいるんだよ、って。」

加圧にお誘いするきっかけになった、ある方の歓迎ランチ。
私のトレーニングに一番興味持ってくださって。一発ネタのパウンド動画を見せたら、すーーーっごい最高の笑顔で爆笑してくださった。

「だって、殴りながら笑ってるーーー!?!?」

私の顔とスマホの画面を見比べて目を丸くして爆笑が止まらなくて。照れる。
加圧に興味あるのだと話してくださり、お誘いした。ほんとにのってくださった。
その後、辞められることを知った。

どうして、もっと早くにボタンのかけ違いを直せなかったんだろ。
そしたらもっとたくさん、楽しい話が出来たのかな。Sさんを知ることが出来たのかな。
Sさんとピラティスな方の、並ぶ笑顔を見れたのかな? ピラティスをする姿も見れたのかな?
なにしてんだ、私。
いや、今からでも? かけ違いを、知ることが出来たのなら。

会も終わりに近づく。
いろんな方の、ご挨拶。続々と言葉に詰まっては、次の人にチェンジしてく。

「ちゃんとしゃべれーー!」

酔っぱらったご本人から可愛いヤジが飛ぶ。いや、あれはムリでしょう。全員、涙ぐんでる。お人柄が……しのばれる。
Sさんの送別会なのに、Sさんは私の近くの席にいらした時、ずっと私の話ばかりされてた。主賓はSさんなのに。そんなふうに周囲の人のいいとこばっかり見ては全力の笑顔を見せて朗らかに笑ってきたのだろう。
そんなの……みんな、嬉しいものな。

“元始女性は太陽であった”

この一文を、地で行く方だ。Sさんは。
顔も美しければ、身体も作られてて綺麗なライン。
中でも一番、美しいところは、目の輝きと、眩しい笑顔、表情。
造形の美しさだけじゃこうは心を打たれない。その魂はあの全開の笑顔にあふれてる。生命力が、美しい……周囲を温かく照らす。

辞める理由は、お子さま、家族との過ごし方を見直すため。でも仕事を辞めきることはできない方だろう。
いつかは子ども事業を、とお話される。

「ぜったい、形にできればヒットするんです!」

きっと、そうだろう。
いつかその事業のサイトを立ち上げる日が来たら、Sさんのこと、事業のこと……聞かせていただいて、何か書かせていただけたら嬉しいなぁ……
そんな日を夢見る。その日のために、私はもっと筆力をあげよう。好きなこと、イイ!と思ったことを全力で表現できる人間になろう。

帰り道で改めて、自分の書いた文章を読み直す。Sさんが電車を降りそびれたという、あの記事。
Sさんはやめる人で、見直す人で、始める人で、かつ、生み、育む人、か。
人間に、女性に、生まれてきたことを満喫しているオーラがハンパない。
不自由な制限があるからこそ、表現は豊かになる……仕事をする喜びも、ご家族と過ごす喜びも。自分を慈しむ、喜びも。
だからこその、あの笑顔。

私の母は半分ボケて、ようやく笑うようになった。母が笑うと家の中が華やぐ。
私は娘を向こうに預けて迷走し、ようやく笑うようになった。書く文章は何かを想起させるらしい。
娘は力むことなく年相応の、はにかんだ笑顔を見せる。それを周囲の大人が見守り、未来を夢見る。
方法や道程はどうでもよくて、ただ、”笑えば”、それだけで世界を変化させる。
そんな不思議な力を女性は持ってるのかもしれない。そんなことに気付かせてもらった。

眩しいばかりの太陽で、満開に咲き誇る花だな、Sさんは。

気付けてよかった。
すげー人、サイコーな人は、すぐ隣にいる。ほんとは。
縁をもう一回、結びなおさせてもらおう。

[Facebook記事]

何かを”辞める”理由 / ちゃんとした人間になりたい

加圧は、真面目な話に終始。

17.04.15(土)【GSA】パーソナルトレーニング(加圧0.5h):上田さん
ずいぶん多岐にわたってお話してたような。
仕事なりダイエットなり、人が”何かをやめる”のは、期待通りの結果が得られないから。費やしたエネルギー、コストに対してガッカリして「こんなはずじゃなかった」と思ったらやめる。
過去のもろもろを思い出すと頷ける。とすると……
脳裏に浮かんだことをそのまま、上田さんが口にする。

「”期待通りの結果”を誤っている場合も多々あります。」

「例えば8時間働いて5000円しかもらえなくてガッカリしてやめる場合がある。でも最初から『この仕事はラクだから8時間で5000円』と知ってるならやめないですよね。」

「つまり大事なのは『知る』こと。」

そして長期的展望を”適切に”描くこと。

「例えば、ダイエットの目的を『異性にモテたい』にすると難しくなります。なぜなら、瘦せたからといって異性にモテるとは限らないからです。」

ですよねー……例えば異性と接する機会が皆無な環境にいるのに瘦せたって異性にモテるのは無理だわな。だったらやるべきは異性に出逢いに繰り出すことだろう。見誤ると迷走する。

だから最近の私の曖昧な課題はこれを明確にする必要があるのだ。

『私はどんな人間になりたいのか?』

格闘技をすることでそれが達成しそうな予感がするから、やっている。そしてどうやら私は自分を『格闘技する人』とは言えても『格闘家』とは言えず、人から言われると凄まじい勢いで固辞する。自分でも、何もそこまで、と思うほどに。なのでそんな自分はコンプレックスで情けない。
あのときに自分の中に何が起きてるかを掘る必要がある……
例えばそれが『人間にはムリな完璧な像』を設定していたら修正する必要があるから。例えば『人をキライにならない』とか『ミスをしない』とか。そんなん目指したら詰む。
私はちゃんと、自分に達成可能な人間像をそこにおいているか? そしてその実現には格闘技に取り組むのが妥当なのか?
気付けば上田さんの話をロールモデルとして聞き始めていた。上田さんのパターンを知ったら、自分に当てはめたときに何か見えてくるだろうか?

話は格闘技を続ける理由に流れる。
上田さんが試合に出るのは、”練習を続ける”ため。試合に出るって口実がないと練習をしないから。

……と仰るが、そんなことないですよね? 思わず笑ってしまう。これまでの言動を思い浮かべたら明らか。やめるの無理でしょう、格闘技に触れてる上田さんはいつも楽しそうすぎる。

試合を口実にせずとも好きな練習はするはず。とすると練習の強度の話かな?

「好きな練習だけしててもまだまだ強くなると思いますよ。」

「まだ得意な分野でも全容の1割にも達してないと思います。」

想像を絶する。私にはよくわからない世界だ。が、となると??
負けるのはやめる理由にならない。試合に出られなくとも。
逆に勝つために試合に出たい方々もいて、そういう場合は負けがそのままやめる理由になる。
……なんとなく思うが、そういう方々のほうが一般的だろうな。もしくは有名になるため、お金を得るため。どちらも格闘技で叶えるのは難しいし労力に見合わない……
格闘技人口が増えないひとつの要因だろうか。
“格闘技を通して得られるモノが、実態とイメージで乖離している”。ふむ?

ではなぜ格闘技を続けるか? 何を実際は得られるのか?
上田さんから出てきた答えは”ちゃんとした人間になりたいから”だった。
これは小学生の時に体操を通してどうなりたいか、の回答として出てきたものだそうだ。それはそのまま格闘技をやる理由に受け継がれている。

なんだかそれはとてもしっくりきた。私自身の動機としても。
だが、何かが違うな……?

上田さんは”がんばるため”、が大きそうな印象。
だがそれは、私にはないな……皆無ではないが、比重が低い。とすると、なんだ……?
うーんうーん……過去に上田さんのお話を聞いていて、自分には当てはまらないと感じた個所は?

1番は、アレだ。
食事にかけるエネルギーを限界まで削りたいってお話の中で出た、”食べなくて済むなら機械化も厭わない”、”睡眠もそう”ってヤツ。
なるほど、と理解したし一理はあると感じる。が、私の場合は自分がそうなりたいとは思えないんだよな……
コストを限界まで削り、費やすべきは表現。しごく納得する。が……比重、か?

と思いついて腑に落ちた。
“ちゃんとした人間”の定義だ。私の中で”ちゃんとした人間”の定義の筆頭に位置するモノ。
それは、”人間に生まれてきてよかった”と満喫してることだ。
私の一番根深いコンプレックスは、そこだものなぁ……生きたいと心から願えないのは、生命体として根本的に欠陥があると思ってる節がある。それが真実かどうかはさておき。
リングの上の格闘家の方々に憧れるのはそれだ。満喫、してるものなぁ……生きてることを。勝った方も負けた方も。眩しい。
そういやそれが一番派手なのも、上田さんか。それも憧れるひとつの要因か。
あれは気持ちよさそう。だから試合に出てみたい、リングの上で見える景色を見てみたい。なるほど……

でも満喫できるなら、勝利どころか試合に出るのも必須条件にはならない。
私にとっては練習だけでも充分すぎる。
練習してるときに感じる自分の心身の躍動感は、生きてる実感を呼び起こさせる。
脈が激しくなる。心臓が動いている。呼吸を求めてあえぐ。汗が拭っても拭っても滴り落ちる。
自分の身体が生きていて、生きるために最大パフォーマンスを発揮しようとしてるのを感じる。表層意識がどうあれ、私の身体はちゃんと生きたいと願い、生きるために最大限の力を発揮したがってて……だから、喜んでる。”ああ、ちゃんと私は生きたいと願えてるんだ”と幸福感がじんわりと押し寄せる。
でも単なる運動やトレーニングじゃ足らないのだ。格闘技じゃないとダメなのだ。
怖さに悔しさ。それでももっとうまく、よりよくなりたいと願う欲望。
これこそが人間に生まれたことを満喫できる術。
どうしたらよくなる? 何が起きてる? 考えることが尽きない。仮説のロジックは私でもなんとか炙り出せる。それを実際に検証していく楽しさ。ワクワク感。
たったひとつの正解がなくて、自分の心身で検証するしかない。まさに自分の心身でないと出来ないこと。
そしてそれを認めてくださる方々。たくさんの練習を積んで実現してみせるあの姿。惜しみなく与えてくださる知識とスキル。
そんなん楽しくて仕方ないよなぁ。やったらやっただけ何かしらが返ってくるんだもの。うまくいかないことすらご褒美。
格闘家の方々ほど、生きてることを満喫してる人種っていないんじゃないだろか。喜怒哀楽が激しくて。だからだろうか。見ていて魅力的で素敵すぎる。
だから、書いても書いてもネタが尽きない。書くことが習性の私にとってこんな喜びはない。
そりゃ、生きてる限り、格闘技をせずにはいられないよなぁ……

私にとってはこの生身の不自由な身体が大きく意味を持つ。
“生まれてきてよかった”はこの心身で感じたい。扱いづらくて捨てたくなる欲も醜さもぜんぶひっくるめて。
不自由だからこそ、表現は豊かになる……

モノに依るのだろう。何を、表現したいか。

上田さんの場合は格闘技と身体作りに特化してるから、かな。
私は不自由な心身に振り回されてた過去の自分みたいな人に届けたいから……この不自由さを完全に捨てるわけにはいかない。
てところだろうか。たぶん。

ふむ。少し整理ついてきた。
“生まれてきてよかったと思いたい。”
“人間だから出来ることをやり尽くして満喫したい。”
ならば、どんな人をこそ、私は人間らしいと感じるか、だ。それこそがなりたい自分。
ならば、ムリな設定ではないし、格闘技で間違いなく解に辿り着く。
だって憧れてやまない素敵な方たちばかりが、集っているのだから。

久々にこの方のまとまった文章を読んだ。

クリエイティブの源なのかな、と。そして実は少なからずいるんじゃないかなとも。
この方の文章に初めて触れたとき、世界が広がって見えたことを思いだす。
社会に適合しづらいのも、使い方によっては特質かもねぇ……

[Facebok記事]

アフタヌーンティーが呼び起こす、食事の記憶と願い

週末、雨続きだなー。

17.04.09(日)アフタヌーンティー
娘がアフタヌーンティーを食べてみたい、というので調べてリストアップした。
紅茶の美味しいところ、春っぽいところ、ホテルな感じ、執事喫茶。
娘が選んだのは、紅茶の美味しいところ。ほぅほぅ。

アフタヌーンティーは久しぶりだ。3段プレート、テンション上がる。3つ並ぶ姿は迫力あるなぁ。
いろんな話をしたが……

もし私が高校生くらいに戻るならスポーツ・体育系の大学に進学したいんだよねぇ。解剖学とか人体も……どう抑え込むと効率的か、とか……と言ったら、

「ああ、こういうこと?」

と、娘にいわゆる”第三の目”あたりをぴっと人差し指で突かれた。
うちの娘ったら……(●´ω`●)

「私だったら刃物使いたい。徒手空拳はまどろっこしい。」

武術寄りだねぇ。こんなふうに腱をすぱーんって斬って頸動脈を、なんてのも教わったよ。

「うーん、もっとじわじわとがいい。拷問?」

うちの娘ったら……∑ (○Д○;)

でも運動をすることに意義を見出せない、意味が解らない、という娘。
一緒に住んでた頃の私と言ってることが同じだと、旦那だった人に笑われる。そんなこと言ってたかな? 覚えてないが、確実に言ってそうだな。
何かこう……私の血が妙な感じに色濃く濃縮されてるな? 面白い……

最近はロシア語からドイツ語にも興味がいってるらしい。興味がある国は、ロシア、ドイツ、イタリアも少々、スウェーデン、などなど……偏ってるな。
日本の古代はそう興味がないが自衛隊が好き。ふむ。偏りが顕著。

プロテイン、って単語を「プロイセン?」と聞き間違えられたあたりから、何やら濃い話をされる。
ヘタリア?? スマホで検索して画像や文章を見せられる。ほぅほぅ。そういうことね? これは腐系の方々が好きそうね。

「ああ、お腐れ様ね?」

最近はそういうのね? 旦那だった人には通じないようでふたりで笑う。
凝った設定で面白い。これなら私も少し興味わく。そして娘の説明が止まらない。ほんとに好きなのね?
娘と話が盛り上がれるなら、嗜んでみたいかも。

また再来月あたりに会う約束。誕生日プレゼントにもふもふのぬいぐるみをあげる約束をしたが好みがわからない。
ハクタク様のしっぽ? よくわからないが調べてみよう。
食べ物のリクエストはパスタ。今度はゆでた小麦粉系か。たまにはよいな。

またね、と別れる。
腹具合を確認して、変わったな、と思う。焼いた小麦粉がこんなに入らないとは。
半年前の、心理の師匠の言葉を思い出す。

「お腹がいっぱいなのに食欲が止まらないのは、それだけ危機的な状況だからですよ。」
「脱したら落ち着きますから。今は、食べてください。」

あのときの私には、あれは当たってた。
遡ればさらにその前、結婚してた頃も。その前も。
精神的なものが食欲にはずいぶん影響するものだな。精神なのか、意識なのか……

変わったよな。
運動に意義を見出せなくて、食べたいものをそのまま食べてた私が、ちゃんと調整してきたものなぁ。
過去、どんな理由でも変わろうと本気では思えなかったのに。今は、こんななんだな……

私の”食べること”に対する執着ってなんなんだろなーと考えていた。美食ってわけでもないのだ。舌は鈍い方。並ぶの嫌いだから行列店には行かないし、わざわざ遠くに食べに行ったりもしない。作る時間と食べる時間のコスパが合わないので、凝った料理は作るの好きじゃない。
とすると何に執着してるっけ?
と考えたら、根深いものだな、と思いだしてきた。

幼い頃、食事は楽しいものではなかった。母は笑わなかった。父は難しい顔してた。兄もあまりしゃべらなかった。
それ以前に、あんまり家族4人で食卓を囲んだ記憶がない。一家団欒は縁がない言葉だった。

小学校中~高学年。平日はほぼ塾通いしていた。今も覚えている。19:00~19:10の間に、小腹を満たすために何かを腹に入れるのだ。家から持たされるとしたら、海苔がべったり張り付いたおにぎり。と、粉末を溶かしたポカリスエット。あの記憶が強すぎるのか、おにぎりは海苔を巻いたしっとりタイプは苦手だった。ポカリスエットは飲んだらたぶん、下手すると吐き出す。
もしくは、マクドナルドだったな。フィレオフィッシュを当時はよく食べてた。それか、ナゲット。
あの頃って今よりハードスケジュールだったな?

中学~高校。
父は説教を垂れるのが好きだった。日曜の午後に「ケーキを買ってきたから食べろ」と召集され、出されるのが不二家の黄色いモンブラン。ケーキを免罪符に、よくわからない説教を数時間聞かされた。
今も黄色いモンブランは大嫌いだ。殺意が芽生える。

条件付きの愛情しかもらった記憶はない。それでも愛情で、衣食住の不自由なく、教育受けさせてもらったのはありがたい。私には向いてなかったが。
愛情をもらうための条件が、コロコロ変わるのはキツかった。特に、母。自分の言葉を、数か月後には忘れて、こちらが大ウソつき呼ばわりされて逆ギレされた。
たぶん50代でもう、軽くボケだしてたんだろう。
当時はそれがわからず、真面目に受け止めては混乱していた。

結婚して築く家庭に望みを託してた。
あの頃執着してたのは、“家族そろって晩ごはんを食べること”。成功体験なさすぎて肩に力はいりすぎて、詰んじゃって家出してしまったが。

計画性皆無で家出したので、自炊できるまでにしばらくかかった。
それまでに食べた冷たいご飯の数々が心身に堪えた。食事への執着が強くなったのはあれがきっかけ。
金がなかろうが、温かくて、人の手が掛けられた物を食べないと、人としての根幹が損なわれる。堕ちるとこまで堕ちるな、コレ。とぞっとした。

落ち着いたあるとき、自分で作った些細な食事を改めて眺めたら、すげー奇跡が無数にも重なって存在する宗教がかったものに見えた。
どれだけの人の手を介したんだろう。どれだけの生命がここに凝縮されてるんだろう。
私はこれを調達するだけの収入を得て、エネルギーを割いて、自分のために作ることが出来たんだなー……と。
生きたい、活動したい、よりよくなりたい、と願ったから、この食事は今、私の目の前にあるんだなーと思ったらとても尊いものに見えた。
まー、ガツガツ食ったけど。

『美味しい』には3種類あるのかな。
ひとつは舌で感じる美味しさ。美食ってヤツ。
ひとつは脳で感じる美味しさ。生理的なヤツ。
ひとつは記憶、感情で感じる美味しさ。
私が執着強いのは、みっつめだな……こんなメモ魔なんだから。記憶や感情を大事に抱え過ぎてる。
それを差っ引いても、一番威力があるのは『記憶』『感情』なんじゃないかな……

実家の近くに引っ越して半年が過ぎた。ずいぶん母が変わった。
家からたった80m先の大戸屋さんに行くのすら大抵抗していた母。
その人が、先月、父と一緒に実家に里帰りした。法事で。
その前に「迷惑を掛けたら嫌だから」という私には謎だが、母には筋の通った理屈で、自ら自分の悪いところを診てもらいに病院に何度も行った。脳みそ診てもらい、皮膚科に行き、耳鼻科に行き、電車で30分以上かかるところにも、ひとりで。
その途上で、必要な知識を自ら仕入れ、私や兄の話に耳を傾け、通りすがりの方に道を聞き、病院で自己主張をし、疲れて帰ってきたらしっかり休み……そして、自分を責めなかった。
すげー偉業で冒険で……武勇伝を聞いて、もうなんていっていいかわからず感動した。ここまで変わるか?
そして十年以上ぶりに母の血筋の親戚たちに会い……素敵な食材と、話をお土産に帰ってきた。
ふきのとう。芋がら。切り干し大根。
どれだけ向こうの奥さんが料理が上手か。ふきのとうをどれだけ丁寧に摘んで剥いてくれたか。芋がらと大根を干して、ゴミを取り除いて。手間暇掛けて。
向こうで私の話をたくさんしたのだ、と。
連れてきてくれる父は本当に優しいねぇ、ラブラブだねぇ、と散々言われた、と。
いろんな話が3週以上するのをうんうん頷きながら聞き、スープにふきのとうと芋がらと切り干し大根を大切に入れた。美味しかった。ふきのとうは私には苦かったが(´Д`)

母は髪が増えたそうだ。黒いのもずいぶん増えた。鏡を嬉しそうに見る姿は女性として、私よりちゃんとしてる。
浮腫みが取れた、骨がゴツゴツする、と手足を示す。私と同じ現象で頷く。
記憶が前よりしっかりしてきた。私よりもときどき、記憶力がいい。
少し料理をするようになった。あの超薄味のブリ大根は本当に絶品。あと、調味料一切なしの、ほうれん草入りの卵焼き。どっちも私仕様。
そして毎朝、差し向かいで時間を過ごす。2回に1回くらいは一緒に食べる。
「美味しいー!」
と互いの料理を褒め称え合う、謎の儀式を執り行っている。

「美味しいって言われると、作るハリが出るね!」
「お父さんもお兄ちゃんもぜんぜん言わないんだもん。」

だから作らなくなったのか。あのふたり、私にずいぶん『料理を作らなくなった』とグチってたが、そんな反応じゃ作るわけなかろうに。
……私が美味しいって喜ぶから……そうね。

ひとりで作って食べるスープは美味しかった。
でも、母とふたりで食べるスープは、もっと美味しいのだな。入れてるモノ、ひとりのときと変わらないのに。
幼い頃、見たくて見たくて何をしてもどんなに切望しても叶わなかった母の笑顔。
今は毎朝、見ている。

週末は4人で食卓を囲む。
最近ようやく落ち着いたが、先月くらいまでは母が毎回泣くのが困った。
「こんな日が来るなんて。」
悪かったってばさ。

週に3~4回、まとめてスープを作っている。母や兄に大変だろうと労われるが、そもそもひとりでも作るものだ、大して苦にならない。黙々と切って煮るのは、よい気分転換。
しかもお代が。
母の笑顔。ツンデレ兄がデレを垣間見せて食べる姿。仏頂面の父の、見えづらいところでデレる顔。
ねぇ?

うちは単に全員が、こうして一家団欒したかっただけなんだよな。不器用で40年かかったが。今も板についてなさ過ぎて、おままごとみたいだ。
だが今、こうしているのは単に運がいいだけだ。他人様に勧める気には到底なれない。
外的要因に依らずとも、人は自分で自分をしあわせにする最低限度の力を持ってる。今もそう思ってる。
私もほんとは家族に依らずに、ひとりでも自分をしあわせにしようと思ったんだよな。それも功を奏してるのだが。
その途上で、なぜか外的要因も整ってしあわせがもたらされてきてる。必要な成長、だったのかな……

私が栄養改善されたことで、ずいぶん広がったものだ。
実家と復縁できた。母が変わり、実家の雰囲気がガラッと変わった。
娘に会うことも叶った。だけでなく別れた旦那とも笑って話すようになった。
一家団欒する箇所が、2か所……なんだそりゃ。ありえん。
友人も増えたな。他愛もない話を出来る人が増えた。
トレーニングの話を出来る人も増えた。共通項があるから話が弾む。笑う。ときどき安心して、恥も外聞もなく、泣く。
それで疲れて、笑って美味しく食べる。

人間だれしも、望むことはこのへんに行きつくんじゃないかな。
毎食じゃなくていいから、心を許せ、言語が通じる人と、楽しく笑ってごはん食べたい。好みと志向によって、細部が違えど。
たぶんそれが出来てれば、自分のことがんばれるんじゃないかな。栄養成分だけじゃ、大切な何かが足らないんだと思う。人の想いは、確かに何か、力を持つ。
それが足らないと、私のように迷走するし、母のように早くに脳みそボケだす。
20代~40代なら恒常的に孤食でも自力でどうにかなるが、それ以前・以降は心身に影響が出るんじゃないかと感じる。

たぶん、あんまりにも”がんばれない”なら、根本的な理由がある。か、最適なやり方をしていない。単なる甘えの可能性も高いが、私にはまだ識別が付かない。
ただ、理由があるなら、それを解消せずに、意識だけでがんばろうとしても失敗するし、追い詰められて自責で詰む。母のように。私のように。
母に必要だったのは「美味しい」の言葉。会話。
私に必要だったのは『このままじゃほんとにマズい』と追い詰められること。
そしてふたりともに足りなかったのは、知識とスキル。
本当にちょっとしたことで激変するのだ。

うちの実家で起きた変化が、もっと手軽に、もっと遠くまで、届けばいい。再現性を持たせて、もっと広範囲に。
私に向いてるのは、これを広げることだろう。
ひとりでも多くの人が、気が置けない人たちと出逢える可能性を高められたら。
食事相手を、家族を、友だちを、作れたら。壊れてもまた修復できたら。そんな力を持てたら。
それが出来るだけの力を得られる食事……あれが、知識でスキル。
詰んでたあの頃の自分にも届くくらいに、拡散したい。
それこそが、私に導き出せるかもしれない、最大公約数的な最善解だろうな。うちらの作るゲームの大きな柱の1本になる。屋台骨に近いかも。

“母の笑顔が見たかった。”
あの切望が、私の人格形成に強く影響を与えている。
“笑顔が見たい”が、私の根っこになった。
笑顔……だから誰かの望みと重なりやすい。同時に、分離が難しい。
そして度が過ぎると暴力になるし暴走する。やりたいことが拡散なら、へんなもん混ぜちゃダメで純度を高めねば。難しい、が。
さらにその奥。恐らく、1番笑わせるべきは、自分だろな。自分じゃ見えないから死角で盲点。でも自分が笑わねば伝播すまい。
私が1番笑うのは……それが結局は、純度の高い私の望み、か……
私は心から笑えているか? それが唯一絶対の尺度、か。

まだバランス悪くて不安定だが、ほんの少しだけ、視点が変わる瞬間がつかめた。新しい感触がする……これを獲得できたら、暴力的な側面が削れたうえで、もっと自由になれる、か? 安定度が増して、”暴走”だったのを、”推進力”に転換できる、かも……?
試していかねば。
せっかく生まれてきたのだ。使い切らないと、損だな。

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“面白い”試合 と “美味しい”の価値

【動画:筋トレ(久禮 ベンチプレス & スクワット)】
格闘技指導:“ZSTの体操お兄さん”上田貴央選手
動画撮影:いつもの方
撮影場所:GENスポーツアカデミー(略称:GSA)
上田さんに公開許可を頂きました。 皆さまありがとうございましたm(._.)m

ここ4日間ほどはよい食事ができたので快調かなぁ。

17.04.08(土)【GSA】パーソナルトレーニング(加圧0.5h):上田さん
先週に続き、上田家に娶られたヘルシオグリエたんのお話。どうやらラブラブらしい。

「頭上に設置してますからね!」
「上から見下ろされるのがたまらんのです!!」

さいですか……下から見上げるのがお好きとは、らしいですね。初々しい新婚生活、つつがなく睦まじいようで何よりです。
これで嫁は何人……いや、何台目ですか? 昨年暮れには確か、見目麗しいテレビを娶っていたかと思いますが。

「いや、違いますね。グリエたんは愛人です。テレビはビジネスパートナーです。」

意味わかんn……おっと。

「テレビはオスですよ。」
「いい仕事したな、って、握手するんです。」

テレビのどこに握手する手があるんですか?

「そんな質問するなんて。」
「なに質問してんだよ、バカ!」

イミわかんねーよ!!

ZST.56 のお話。戦力分析をしてたはずが途中から嘆きが入ってきて笑う。例えば盛一郎さんと竿本さんが闘ったら? 盛一郎さんと上田さんなら? を踏まえて竿本さんと上田さんは?
互いの立ち位置の違い。そこから求める、互いが目指す試合の帰結は?
なるほどなぁ。試合の見方が深まった。まだ1ヶ月弱ある。さらに聞いてもっと楽しみ増やそう。元を取れるのは知ってるが、さらに貪欲に楽しみたい。

しばし前に宣伝されてた

『レスリングインターハイ2位という輝かしい実績を持つ強豪ファイターに、上田はちょっとビビってます。
みんなの応援がないと!!
応援来てください!!』

は、けっこうガチだよなー……とついうっかりVIP席、しかも最前列をお願いしてしまった。断じて

『ちなみに今回、SRS席とVIP席を上田から直接買って頂いた方には
「ポジティブモンスターTシャツ ver ZST.56」
が付きます!(´ー`)』

に釣られたわけではないわけではないこともなくはないかもしれないが収集癖がちょっぴり強めの己が憎い。まさか後続があると思わなかった。それにRIZINの盛一郎さんTシャツ&rvddwの盛一郎さんTシャツ!!も両方欲しい……って財布の中身とちょー切実ににらめっこ中でいったい私はTシャツにいくらツッコむ気だ。頭おかしい。稼がなきゃ。マジで。どうやろう。
って時点で買う気満々でやっぱり頭おかしーな、と頭を抱える。

さておき、常々、我ながら疑問なことがある。なんで上田さんをここまで追っかけて教わってるんだ?
『なに質問してんだよ、バカ!』まで言われた(しかも2回も!!)、腹いせに垂れ流すが。
こういっちゃなんだが、戦績のいい選手は他にもいる。
顔も確かにイケメンだが、他にももっとイケメンの選手はいる。
筋肉は凄いが、上体に寄り過ぎで遠近おかしい。立てないフィギュア。
イチ言い返すと倍以上になってめんどくさい。
うっかり論破すると別のところで執拗に論破されてもっとめんどくさい。
闇が濃すぎてカオス。7週半回ってリングの上でだけ光属性。
あれ、なんか単なる悪口になってきた。
えーと、何より、環境的に教わりやすい方はもっといる。
なんで上田さんなんかね? というのは我ながら常々不思議で仕方ない。
まだ2~3割しか分析できてない手応えがあるが、まぁこれは確実だなと思う理由がひとつある。

物凄く弱くて、それ以上に、強い。あの方は。
“強さ”の定義は様々だが、なんだかんだ、”影響力”だと思うのだ。
女性人気、すげーなーと見てて思う。特に加圧のクライアントから入った方、多いだろうな。それだけその女性たちの心身を変えたからだろうな。格闘技に縁のない女性、観るのを怖いと強く感じる女性たちを、それでも格闘技会場に足を運びたいと思わせるほどに、影響力を持ってるんだよな。
そしてそこから入って、実際に闘う姿を見せ、ココロに訴えかけ。また観たいと思わせ。
上田さん目当てで行った方々が他の選手の方々に目が行って、応援するようになり……それを歓迎してブロマイドにサインもらって渡して差し上げたり。ずいぶんいろいろ、底上げしてるな?
っていう、目に見えてわかりやすい現象。

じゃぁなにゆえ、そこまで影響力を持つのか?
なんなんだろうな。上田さんの格闘技の魅力。全戦全勝とは程遠いのに。それが謎。未だに分析しきらん。私の目がまだまだ残念過ぎて直線的に理解ができないからなんだけど……
ただ、今のところ私の見立てでは、上田さんの強さは、そもそも人として、”物凄く弱い”ってところに由来するんだと思う。
人間、みんな弱い。その弱さとどう付き合い向き合うか、もしくはそらしてやり過ごすか……
って中で、一番したたかに計算高く、弱さを反動に利用しつくして、巧みに強くなって見せて来たのが上田さんに感じる。
弱いのに、あんなところにいる。
弱さを上回る強さを持ってなければ、あそこには立てない。
物凄く弱く、それを覆すくらいに、強い。弱さを持ったまま、強い。
相対的な強さなら、強い人は他に山ほどいる。が、各自の開始地点からの距離を測ったときの強さ……その絶対値を相対的に比較したとき、上田さんが一番、強いんじゃないか?
私にはそう感じられて仕方ない。
なぜそう感じるか?
自身が培った”弱さ”を”強さ”に転換するメソッドを、トレーナーとしてわかりやすく伝播するからだ。だから私は、上田さんの凄さをつぶさに知ることが出来た。
おそらく、他のクライアントの方々もそう。それぞれが自身の心身にカスタマイズされたメソッドで激変する。だから上田さんに感謝して夢中になる。ので、格闘技会場に足を運ぶ。あの凄い方が、そんなに心血注いで夢中になる格闘技ってどんなだろうって。闘うところを見たくなって。

……まー、たぶん今の上田さんはそういういろーーんな御託はどーでもよくって”試合に勝ちたい”で七転八倒してんだろーなーと妄想して笑う。
シンプルに切実に、リングの上での強さが欲しいところ、ですよねー。
あの試合に勝てるなら尻尾振って悪魔に魂売るだろうなぁ。靴を舐めるのもガチで苦じゃないに違いない。
でもそれでいて、ズルしたらプライド許さなくて余計に悶え苦しむのだろう。格闘技をこよなく愛してて大切ですものね!
あはあは。タイミングがねぇ。へんな引き寄せをするものだなぁ、と見てて可笑しい。よりによって。無駄にハードモード。
たくさんの人に、応援してもらえたら、いーですね。私にはよくわからないけど、それは本当に力になるみたいだから。一人でも多く、お友だち連れてきてもらえたらいいですね。

『ああ!!みんなに試合見てもらいたい!! 全然謙遜とかするつもりないです!(笑) 絶対面白いって言わせてみせるから、何卒!何卒見に来てください!!』

面白い試合を、期待している。
この試合にどう臨んで見せるのか。リング上で出される上田さんと竿本さんのそれぞれの答えを、そのぶつかり合いを、楽しみにしてる。
願わくば、おふたりとも、他の参戦選手の方々も皆、思いっきり満喫してくださいますように。出来るだけ、怪我なく。
他の対戦カードも楽しみだなっ。全カード発表が待ち遠しい。また見どころ解説、お願いしよ。

17.04.08(土)【GSA】MMAグループトレーニング部(格闘技1.0h):上田さん
本日のお題。
座学は、格闘技に欠かせないフィジカルトレーニングのお話。
実技は、その実践。

先週の加圧での最後のお話。
「格闘技の試合にまず出るのに必要なのはフィジカル」
「筋力と持久力と加速度」
このへんをもっと詳しく知り、実際のトレーニングに活かしたい。
あと、上田さんは格闘技と加圧以外にもっともっとトレーナー業の引き出しありそうだけど、よく知らない。ので聞いてみたくなった。

座学は面白くてつい根掘り葉掘り。それでもまだ触りの部分なんだろなと感じる。
がんばり方を間違えると、疲れて時間かかって大変なのに効果があまり見込めないトレーニングをやっちゃうんだろな。下手すると怪我のリスクが高くなったり。しかも自力じゃそれに気づきづらいんだろな。

いろいろ根掘り葉掘りした中で一番興味深かったのは

「筋力と持久力と加速度の能力値の全点数合計値を100点としたとき、各配点はそれぞれ何点ですか?」

筋力極振り、と予想していたが、上田さんが少し思案する。で、出た回答が面白かった。試合に出るのを前提としたならば、の前置きで続いたコメントになるほどなぁーーーーと納得。
もろもろ鑑みて、これからのトレーニングの組み立てを思わず妄想する。時間がそう割けるわけでない状況だけど、それでも衰えたくない、できることなら強くなりたい。
いろいろ考える。がんばろ。

実技は、実際に筋トレの正しいフォームを。
私はこれまでウェイトトレーニングをちゃんとやったことない。加圧で言われるがままにやってきただけ。ので初体験で……ぐぉーーこんなかっ(o_o)
スクワットは、軽めのバーを担いで正しいフォームのレクチャーを丁寧に受ける。で、

「理想は自重と同じ重さですが」

のコメント付きで少し軽めの負荷でやる。私は40kg⇒50kgで。これ、サポートなしで誤って落としたら事故だな……とドキドキする。足の骨、折りそう。
50kgはなんとかなったな。憧れの方には程遠く桁違いすぎて、あの凄さに改めてクラクラする……もっと担げるようになりたいな。
ベンチプレスは何kgだったんだろ? あっちのがキツかった。ラスト1回、持ち上げきりたかったな。ちょっと悔しい。しかし足がバタついて頭振っちゃってるあたり、死にかけのゴキブリみたい( =_=)
感想のまとめ。『加圧のがラク。』
うまく組み合わせられたらいいな。きっと。そしたらもっと効率的に筋力が上がる。

17.04.08(土)【GSA】初心者MMA:上田さん
倒立前転が勢い良すぎて相殺できず orz まだまだ倒立は磨きたい。倒立歩行いけたら最高だな。
打撃練習は本日もっぱら、ミット打ち。上田さんの持つミットめがけて。今日はこの練習意図がよっくわかる。さっきの座学踏まえると、このミットは2重にも3重にも意味を持つ。試合出たいなら、巧みに上手くなりたいならすげー有効な練習で。そして上田さんに負荷がとんでもなく高い。ミスったらすげー危ないよな……。しかもずっと持ち続けてくださる。ハンパない。感謝だな……。
私の操作性はほんと足らないなと思う。いつもの方と比較すると一目瞭然。たぶんゲームをどれだけやってきたかだよ、これ。

「出来ないことを出来るようになる努力をしてください」

で、以前にアクションゲームを勧められてたのを思い出す。やってないんですよねぇーーー……あれなんだよな すげーわかる……orz デジタルなゲーム上手い人、格闘技も上手いよ。

寝技の技術練習は、いつもの方からのリクエスト。
『猛者相手に10分しのごうと考えたときの鉄壁の防御とそこからの展開』
で、上田さん思案して、例として出されたのがクローズドガードをされてる状態での鉄壁防御。おおお……おおー……(*☻-☻*)
そしてそこからの展開。おおおおお”(*>ω<)o”クーーッ おんもしろい!!
クローズドガードされたところからのフローチャートが充実したな、これ! でもまだあそこはぜんぜん描けてない、描かなきゃ! やりたいことたくさん過ぎる……orz

終了後、うっかり漏らした失言から思わぬコメント。

「同性愛者とBL愛好者の性に対する貪欲さと言ったら!」
「金もエネルギーもものすごくかけますからね!」
「久禮さんの格闘技に対する知識欲と匹敵しますね!!」

はいぃぃぃぃぃ!?!?
ちょっと待って……
『私の格闘技知識欲ってそこまでですか!?』か、
『彼の方々の性欲ってそこまでですか!?』のどちらで反応すべきかすげー苦悩する……いやこれ、どっちに反応しても墓穴掘るパターン……いやこれは返事しちゃいけない……あああボスの言ってる”無視”がやっぱ1番正しいんじゃないか、って考えるとついこの方の格闘技が面白すぎて深入りしてここまで追いかけてしまった時点でもう私ってアウトなんじゃ???
苦悩している間に前者に取られてさらにヒドいディスられ方してそのまま去られる。ヒドい……

てーかまた飯盛さんのお話を聞き損なったやんかー……なんなん? “ナイスガイ”以外に情報ないんか?(´Д`) なんでSWAT!バンタム級黄金期をよぉく知ってる1番身近な方からここまで話が聞けないのだ。グリエたんとBLトークの威力、いったいなんなんだ。
何処かに上がってるって飯盛さんの試合も探したけど見つからないーどこだろ……。

気を取り直して、果物屋さんへ。まずは、せとか。そろそろ柑橘類のシーズンも終わりだ、食べられるうちに食べとくんだ! それと「今日は安売りで200円!」の情報をもとにハネジューメロンげっと! 今年初だな。もうシーズンなんだなぁ……

で、『明日は焼いた小麦粉を食べる日だから~♪』など計算の上、ケバブ屋さんへ寄り道。ソースなしで!とオーダー。計算慣れしてきた。
お兄さんが『椅子で食ってけ!』と示してくれるのでおとなしく座る。と、抱えていた2Lペットボトルの水をひょいと取られてカウンターに置いてくれてニコニコする。優しい!
嬉しくてもふもふ食べる。やっぱソースなしでもおいしーなっ。おつまみケバブにしたら、なおいいのかもな? でもサンドのほうがケバブ感が出て好き。悩むが検討しよう。
んーそれにしてもトレーニング後ってなんでこう美味いんだろ……そう、美味しい……

と思いつつ、加圧時の話を思い出す。何か、最近のテーマに重なる……
あれは興味深くも、嬉しくも考える話でもあり……
“美味しい”は私にとって大切な原動力な気がしてて……求められるレベルに近づくことはたぶん出来る。ただこれを捨てたくはなくて……私の性能に向いてるのはきっと……んーー……未消化がデカい。まとまらん……

食べてたケバブからお肉がポロリと落ちる。うあーー鞄の上に落ちてセーフ。つまんで食べる。

『ん!』と、斜め上空からティッシュが差し出される。あらなんと至れり尽くせり。ケバブ1個食べるのに、どんだけ他人様の手を煩わせてるのだ。へへーと照れ笑いしつつゴキゲンでもふもふ食べる。せっかくおいしーんだから、食べるのに集中しよう。口から入ったお肉が胃を通らずにーーー!
果物屋さんが今日も大賑わい。行き交う人がちょいちょい、ケバブ屋のお兄さんに挨拶してく。異国語でよくわからん。イイ感じ。
いいなぁ、新大久保。好きだ。
店の中に消えたお兄さんが、やがて小さなペットボトルを持って帰ってきた。

『マンゴー』

と言って、わざわざ目の前でカチカチと未開封のキャップをひねり、私に差し出す。
えええええくれるの!?!? とボトルとお兄さんの顔を交互に見ると、目でどうぞと促される。うあー……嬉しいー。明日、なわとびの回数を増やそ、何分かな?と考えつつ飲む。

あまーーーい! おいしいーーー!!

喜んで伝えるとお兄さんもぱぁっと嬉しそうな顔になり、『♪ おいしいけばぶ~ ♪』とトンテントンテンとリズムを取りながら歌ってくれる。楽しいぞ!! 今日はいい日だ!!!

食べ終わって、お礼がしたいぞ。と思ってちょうどいいモノを見つける。買いたてほかほかの、せとかー! いいとこにあった!
ビニールを破いて1個、ん!とお兄さんに差し出す。どーぞ!
お兄さんがまたぱぁっと笑顔になってくれる。

『マンダリン?』

ちがうちがう、せとか! あれあれ!!
お兄さんが、ふんふん言いながら、ナイフで皮をむく。指でいけるよーというのに気付いたか、指で剝き……そして、最後にぱかっとふたつに割って、片方を、ん!とくれる。
ええええくれるのーー? 半分こ!!
ニコニコでせとかを頬張る。やっぱ甘いなぁ。こうやって食べると、また一段と美味しいなぁっ。お兄さんもせとか、気に入ったみたいだ。
そして幾度となく『マンダリン』言う。どうやら、『マンダリンも美味しいから、今度、食べてみろ』ということだな、と理解。今度、買ってみるー!
お客さん来たので、ばいばーい!と手を振って退散。

何とも言えず、ほっこほこのよい気分になった。またケバブ買っちゃうなぁ、これ。
こういうのが好きで……それに欠かせないのが”美味しい”って単語。
一方で“美味しい”を求めるのは違うって話だった。
ただ、あの話。表面上の要望のその向こうに見え隠れする、”願い”がひとつ。主題はきっと、そっち。
私が叶えられるとしたら、そっちの、亜種なんじゃないか……そのほうが”世のため人のため”そして何より”最大多数の最善解”なんじゃないか……そう感じる。
としたときに、さて、はたしてこれは、”私の純度の高い望み”なのかねぇ……? だからって逆に外すのだって……?
まー、二兎を追えばいいんだけど。並立できることだから。どんなに狭く見積もっても、9割は重なる。
……と、解をあいまいにしておくと、たぶんあとからまた歪む。この場合の問題は、残りの1割。こいつを明確に把握しとかないと、肥大化する。
いやー、もっとガッツリ自分の軸を持たないと、危ないなぁー……人生脚本の影をひとつ捕まえられた気がする。こいつを何とかせねば、場所を違えてもまた同じことを繰り返す。
さて、私はいったい、何がしたいんだろう? 何になりたいんだろう? この、重ならない1割の正体は?
自分の軸を、持ちたいねぇ。もっといろんな人と対等に渡り合えるようになりたい。それは、確か。
うん。めーいそーうちゅー♪(´▽`*)

 

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”無条件の『愛』”と”承認欲求”への折り合いの付け方

順番前後。

17.03.29(水)心理
遅れたのにはワケがある。いやもう、これまでで一番、話がかみ合わずにしっくりこなかった……キツかった……orz
使う言語のチューニングがまったく合わない。

「”自分の嫌いなところを愛する”ことが必要です。」
「……? “愛する”って具体的にどうするんですか?」
「恋愛したことないんですか?」
「一応あるんだと思いますが……」
「相手のダメなところも好ましく思いませんか?」
「うーん……それって自分のダメなところを相手に投影して愛でることで、代償行為に浸ってるだけじゃないんですかね……? 愛ってそういうモノ……?」
「無条件の愛ですよ。相手が”○○だから”好き、のような条件がない。」
「……条件が皆無って、人間に不可能だと思うんですが……承認欲求は消せないんじゃないかと……」

ヒドいな、この会話。欠陥人間ぷりを見事に露呈。
いつもなら通じる師匠と言語がかみ合わない、ってのはなかなか精神的に堪えた。まぁでも、しょうがない。

今回のもろもろの課題を突き詰めると根っこはひとつで『承認欲求をどう満たすか?』だなと腑に落ちた。
ってことは、師匠とムリにかみ合わせようとする行為はすなわち”自分の考えを認められたい”って欲望を通すために師匠をムリヤリ変えたいって傲慢な欲望で……課題が1週回って返ってくる。
まんま、承認欲求の暴力的に強烈なヤツじゃん……orz
気付いた瞬間、ココロから”めんどくせぇ……”とうんざりした。
のでなんかいーや、と思った。そう心から思えるまでに1週間かかったけど。承認欲求、めんどくさい。

私の致命的欠陥の『自己評価が低い』と『承認欲求』が乗算されるとさらにめんどくさいことになる。

自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に評価を強要する
自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に嫉妬する

これをどう処理するか?
師匠からは呆れたように言われた。

「言われたかったんですよね? 必要だって。
つまり、他の人から評価されたかったのですよね。
だったら最初からそう言えばよかったじゃないですか。」

つまりゲームを仕掛けたのだろ、と。
プライドが高いから言えなくて、言わせようと駆け引きしたのだろう、と。

言われてることはわかるのだけど、全面的にそうです、とは言えなかった。何かが違う。
そういう心情が皆無だったとは到底言えないが。
『私のこと評価してください。どう思ってるんですか? 役に立ってますか?』って質問して得られる回答がYesだったとしても、私は満足も納得も出来ない。
のどが渇いたときに飲む塩水と一緒だ。
求めれば求めるほど、承認されたい欲望は膨らみ、周囲への重荷になる。不毛だ。
ほんとは師匠の言うとおり、一般的にはこじらせる前に軽く言えて、Yesもらえたらそのまま受け取れて満たされて終わるんだろう。そう出来ない私は平均より承認欲求が強すぎる上に、プライド高い。だから自己評価が低い。

と考えたとき、アレと一緒か、と思いついて腑に落ちた。私の強烈な承認欲求はコレと通じる。

『私と仕事とどっちが大切なの!?』

言ったら終わっちゃうヤツなので、言わずになんとかしたい。解法は1×2パターン。

1つは”自分を変える”。つまり大切にしてもらえる自分になる。
もしくはこんな承認欲求がどうでもよくなるくらいに別の何かに打ち込む。

もう1つは”状況・環境を変化させる”。
パターン1は、待つ。つまり時間経過による変化を期待。
パターン2は、別れる。自分で起こせる変化はこれくらい。

ので辿る道筋は2つ。
A『自分を変えつつ待ってたら、振り向いてもらえた』か
B『自分を変えて待ったけど、諦めて別れる』。

私はこの2ヶ月でこの解法をずいぶん用いたよなー、と。師匠の言う『人に承認をお願いする』じゃなくて、『自分が主導権を握っていたかった』。
自分の脳みそや心のコントロールを、制御不能な“誰かの手”に委ねたくなかったんだよな。だって承認してもらえなかったら恨んじゃうかもしれない。それは不毛すぎる。

ここのところ、Bをずいぶん選んだ。いろいろ頑張ってみたけどもう私にはムリなんだろな、そろそろ白黒つけないと動けなくなるなって思ってたことがたくさんあったので。
そのままBに行ったのもあれば、Aに転じたのもある。よくわからんのもある。
で、あらかた推移が落ち着いた現時点で、私の心は穏やかなのだよな。満足いってる。だからこれでいーのかなって。師匠からはツッコミどころ満載みたいだけど。
次に師匠にお会いしたときにまたツッコまれたら、どうなるんかなぁ……。わかんないから、そんとき考える。
だいたい師匠の指摘事項は他にもあって。

「そんなに人の許可を得なくていいんじゃないですか?」

ですよねー。自分がよけりゃ、いーんですよね。承認欲求が飛ぶくらいに、やりたいことが出来てれば。怒られたときに、考えれば。

最近、いろーんな方の話を聞いた中で、言われて飛び切り嬉しかったことがある。
「でしょうねぇ。」
「久禮さんは自分のことをさておいて、全体のバランスを観て動く人だから。そういう人が近くにいるってだけでストレスが激減しますよ。」
「昔の男性にはそういう働き方する人多かったけど、最近は減ったから。」
「そういう人は、自分自身で何かをしなくていいから、技術力云々じゃないですよ。」
そういうことなのかな?と少し腑に落ちた。
もう何年前だろう。

『私は役に立ってる?』

って自問自答したときに、No、と答えが出てしまった。
それでも仕事しなきゃ生きていけないから、自分の存在意義を見出すために考え方、やり方を変えた。技術力なくてひとりじゃ何も出来ないから、全体の成果が出たらいい、って思うようにした。周囲の人たちが気持ちよく働けるようにしよう、技術力ある人に頑張ってもらえるよう場を整えようって。
触媒的な働き方を考えて選んだのだな。
ようやくそのスキルが周囲から認められるレベルにまで育ったのだろう。触媒自体は化学変化起こさないから自分じゃ変化がわかりづらいのかもしれない。それが自己評価と周囲からの評価の乖離に繋がったのかな。それくらいに、触媒能力が発揮できたのかもなぁ……
サラリーマンとして働く上での、ひとつのスキルがようやく、開花できたのかな。

でもそればかり強化したから、自分のために何かを叶える底力が成長しなさすぎたのかもな。自分のやりたいことや欲しいものが、よくわからなくなるのかもしれない。自分と誰かの願いを重ね合わせて最善解をあぶりだすんじゃなくて、自分の願いを純度を高めて磨き上げて相容れない誰かの願いに対して唯一絶対の解として叩きつける力。
……純粋に格闘技を”やる”人間として、どこまで行けるかを追求することで、磨かれるのだろうなぁ……
たぶん両方ができないと、格闘家の方は上へ行けないんじゃないかな……まさに私の目指したい姿なんだろな、きっと。
“自分の願いの純度を高める。”
苦手分野なので尻込みしがちで、ちょっとブルー orz でもわかってるんだよな。だから尻込みしながらも望まずにはいられない。
どうやったら、私は自分で胸張って”格闘家”だって言えるようになるかな? 私にとって“格闘家”の定義ってなんなんだろ。
とりあえずは、自分が納得いく形で、試合に出られるようにしないとな。少なくとも“人前に出て勝負に出られる人“”寝てるように見えて機を逃さない臨戦態勢の人”ってのは、必須条件だから。試合自体は“格闘技の試合”に必ずしも限定しなくていいのかもしれないが。……っていうのは、逃げなのかな orz

触媒としてのスキル追求は一定段階に到達した。
次は、化学物質としてのスキル追求をするべき段階なのかな。
化学物質としてのスキルが増したら、触媒としてのスキルも効果が爆発的に増すのだろう。もっと面白い人間になれるはず。

……格闘家の方々の仰る言葉は、刺激的だな。断定形を使う。自ら挑戦的な言葉を自然体(に見える姿)で口にする。
あれを、出来るようになりたいな。怖いけど。

ここまで触媒能力が増せたのは、私の化学物質としての能力があまりに残念だったからだ。
技術力が足らないうえに、承認欲求が強くて、プライドが高かったから。だから生きるために”自分を変えた”。
以前の自分はキライだったけど、最近の自分は割りと好きだから、これでいーや、と思う。技術力足らなくても、承認欲求強くても、プライドが高くても、割りと好き。むしろ好き。これからもっと好きになる。満足。

ようやく手元にきた、新しいペンダント。
前のペンジュラムを想起させるコロリとしたローズクォーツ1粒&金色チェーンのデザイン。チェーンは肌に合わないので換えちゃったけど、どうもピンクとゴールドに縁があるらしい。なんだろね? ローズクォーツの意味は……

「無条件の愛」
「自分を愛する」

って出来過ぎだろ(´Д`)
あーあ。見落としがあんのかな。目を背けてることがあんのかな。
師匠には私に見えてないモノが、見えてんのかな……だろな……どーしたら、自己評価が自分相応に適切になるんすか??

で、「気に入ったから」と同一デザインをご自身にも作って身につけてた師匠。あの噛み合わないセッションの中、首本のペンダントはぴったり合致していた。似たもの師弟なんですよね、きっと。だからきっと、なんとかなるだろ。

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嫉妬に猛り狂うポジティブモンスター

ご本人クラスで着るのが1番よいよな。ポジティブモンスターTシャツ……今日も着てみる。

17.03.25(土)【GSA】パーソナルトレーニング(加圧0.5h):上田さん
バタフライをやってる最中に思わず力が抜けそうになって笑う。インターバルに入ったところで上田さんも指さして笑う。

「動きに合わせてTシャツの中で手を振るのがイラッとしますね!!」

と嬉しそうな顔でご本人が実演。その中途半端にお髭が生えたお顔でやられると腹立たしさ倍増ですね!
そして語られる今後のTシャツ販売のビジョンに思わず二度聞き。はぃ?マジですか? よくやるなぁ……

昨日のプロ修斗のお話。嫉妬に猛り狂う上田さんて初めて見たなぁ、と思わず深掘り。
残念ながら試合を観てないんですが、どこにどんなふうに嫉妬してるんです?
……興味深い。なるほどなぁー。ついついさらに深掘り。“羨ましい”と“妬み”は紙一重で違いますね。そして“嫉み”も。“妬み”と“嫉み”の違いは、悪意の方向性。“妬み”は“相手”が憎いとき。“嫉み”は“自分”が憎いとき。悪意が自分に向いた上田さんの在り様はやはり“爽やか”ってヤツなんだろなーと思いつつ。
食べ物の味もわからなくなるほどに嫉妬する、か。
そこまでなるほどの強い何かを、最近、私は抱いたことがあったかな……多少、あるか。
にしても、歳をとるごとに強い情動は抱きづらくなる。見るからにしんどそうではあるが、そこまでの強い情動が湧き起こる上田さんはまだまだ進化を遂げそうで面白い。聞くだに消化させるの難しそうな情動だけに、ポジティブモンスターがどう処理するのか、興味深いなぁ……面白い。言い訳したり逃げたりせずに真っ向から悶え苦しむ上田さんはやはりまだまだ強くなるのだろなー。

少し時間があったので今年のZSTはどんななりそうかってお話。なるほどなー。次に対戦するならどなたがいいんです?という話からいくつか名前が挙がるものの、昨日のプロ修斗をまた思い出して悶え苦しむ上田さんを見て笑う。その無精髭で嫉妬に狂う様は、身を落としてダークサイドに堕ちてる感が漂いまくりで絵になりますね! 悶え苦しむ上田さんが次にどんな試合を見せてくるのかが楽しみだ。

17.03.25(土)【GSA】MMAグループトレーニング部(格闘技1.0h):上田さん
参加が私ひとりだったこともあり、なんだかんだ座学というか話し込んで終わる。
蛋白質とアミノ酸のお話。人の思考や念は力を持ってるよな。真面目に筋肉付けようとするほど所行が頭悪そうに見える不思議。
“アマチュアの試合に出る”について。
なぜ試合に出るのか。
試合に出るのにまず必要なことは。
今後、私はどうしたいのか……
それと、自分の特異性、かな。指導する立場から見たときに私がどんなか。
最近、他の方からの私の評価を積極的に聞かせて頂くようにしている。特に長所。最近起こした騒動のうちのいくつかの原因は“自己評価の低さ”“周囲からの評価と自己評価の乖離”によるものと痛感したので。
前にピラティスな方から言われた「質問をする」は上田さん評価でも同様らしい。
例えば今日の加圧の際に口をついて出た
「“実力がある”ってどういうことですか?」に対して出た解、
「”汎用性がある”ってことですね。」はあまりに即座にスムーズに出たので常々言ってらしたことかと思ったらそうでもないらしい。口をついて出て“ああ、そう考えてたな”と思った、と。私の問いに答えるのはアウトプットをするよい機会、とのこと。(それにつけても、あの“汎用性”のお話は面白かった。)
んで、問答を通してメカニズムを理解しようとする人間は指導者としては嬉しいもの、か…… あれかなぁ。闇雲に『ごめんなさい』と謝られると『何がごめんなの?』とイラッとするのと逆の論理かな。メカニズムを理解した上で面白がるのは理想的……上田さんに継続して習う方には多いのだろう。理解が深く再現率が高い……技術力の高い方は多そうだ。上田さんが実にしあせそうにその方々のお話をされ、嬉しさのおすそ分けをいただく。翻ると私は熱意は高くて比較的吸収力が高くても、再現性が低くて技術力がない。真価は”残念過ぎる””のにやめない”ところだろうな。劣等生。
あとは……白黒付けたがり、ね……私は付けたがり傾向が強い自覚がある。せっかちだしねぇ。世の中には白黒付けた方が楽な人と、付けない方が楽な人と、両方居るんじゃないかな。合えばいいんだろけど、合わないと上手くいかないのかもね。格闘技始めてからは気長になった方だと思うのだが。納得さえ出来れば、白黒付けなくても微笑んでいられるようになったんだけど。人間丸くなってきたんだけどなぁ……これでも……
そういや”白黒付けたがり”でないと、”質問をする”ことはないだろうな。不可分な特徴なんだろな、きっと。
格闘技を追究するほど人としての魅力が増す方が多い印象。思うように行かないことが多くても、人として大切な何かが満たされるから、なのかな。“安心して悔しがれる”気はする。
投影は基本的に、失礼。うっかり課題を忘れそうになる。

上田さんからのアドバイスは「2兆円あって心身が充実してて疲労蓄積などの制限がない場合に、どんな生活をしたいかを考えてみるとよい」。
そう……とっさにあんまり頭が働かなかった。この妄想力豊かな私が。
とはいえ、今の生活と大差ない気がするな、という感触。
そして浮かんだのが、“少し寝てぼーーっとして、まずは頭をハッキリさせたい……”という願望。
…………そりゃ、2兆円なくても、やれんじゃね?
少し脳みそ休めたほうがいいんだろな。ってわけでよく寝た。まだ寝れる。

改めて妄想する。
今の仕事。手打ちして約束した分はきっちりやりたい。借りもある。見たいモノ、見たい景色がある。
格闘技の練習は毎日やりたい。このへんは今も抱いてる願望と変わらず。
上乗せしてやりたいのは自主練と動画見るのともっと勉強したいのと。解剖学にスポーツ学に武術に人工知能に。不動産は……2兆円あったら不要か……でも学びたいことはたくさん。
それから2兆円で一番、妄想広がるのが、格闘技を生業にした仕事だなぁ……ゲーム作るのもアマチュア大会開催するのも、ぜーーんぶひっくるめて、おんもしろいことしたいなぁ……興行団体一本、好きにやりたい。プロもアマチュアもひっくるめてどーーんと! 足らないことわからないことたくさんあるから、いろーーーんな人にお金払ってお願いしてあれしてこれして助けてもらって、んですっっごい遊ぶの!!
「え!そんなことやっちゃう!?」ってぎょっとするようなことを金に任せてやりまくって関わってくれる人みーーんなに、遊んでもらうんだーーー。
いろんな工夫と仕掛けをして馴染みのない人に「格闘技ってめっちゃ面白い!!」ってビックリしてもらって、私が観たい試合を片っ端から組んでもらってたくさん観てなぜかそれでもアマチュア大会はスマホで自分で動画撮影してアップして、そいで、格闘家の方も応援する方も運営の方も、みーーーんなたくさん喜んで楽しんでくれてるのを隅っこから眺めてニマニマしたいなー。
東北大会は絶対開いて各地からツアー組んで出る人も見る人も楽しむの。2兆円あるならどーんと土地を買い占めて一大テーマパーク並みに格闘技会場と選手村と応援する人村と作るんだー。ヘリポートも搭載。空輸であっちもこっちもバンバン飛ばす。いや、ヌルいな。2兆円あるなら赤字でいいもんな、もう国際空港作るか。格闘技観たりやりに来る人は全員、タダ! んで、もう団体の垣根超えて片っ端から呼びまくって団体対抗戦やるんだーー。あともちろんアマチュア大会もねっ。アマチュアだろうが全員、煽りV作る。素敵なアピールだった人は漏れなく専用のプロ大会出陣。ストーリー作り上げて見せられる人はプロ!
んで、そのテーマパークで提供する食事の目玉は釜石ラーメンなのだ。毎月11日は全員無料。3月はビールも無料。アルコール飲まない人にはプロテイン無料。各種取りそろえる。筋肉優遇。いずれもおかわり自由。飛行機代は通年無料なんだから、もう日本中から世界中からタダ飯を食べにこい。タダ飯食べたきゃ、格闘技で遊んでけ。んで無駄に盛り上がるその光景を片隅で見ながらニマニマして食べるんだー、餃子も付けて。あ、半チャーハンも行こ。絶対美味しいわー、そんなして食べる釜石ラーメン。んでパンっパンに顔を浮腫ませて、足の指の骨も手の指の骨も1本も見えなくして、んで結局、怒られて加圧の負荷を高められるのな(o_o) くっそー、金に任せてすんげーへんな画像に加工してやる……2兆円舐めんな(´Д`)
結局、2兆円使っても相変わらず、美味しい釜石ラーメン食べたいってだけだな。スケールが無駄にデカくなってバカっぽさが増すだけで、今とやること変わらん。と考えると、制限あるのも創意工夫が出来て面白いしねぇ……ナイトメアモードに挑戦中と思えば。現状で悪いことないんだろな。やりたいことはやれてる。釜石ラーメン食べたい。妄想楽しい。
本来のお題は1週間のトレーニングメニュー考えるにあたって、だったからもうちょい具体的な妄想にしなきゃ。自分が1番やりたいのは何か、だよなー……あときっと、”明日死ぬとしたら今日何したいか”、もそうだろな。

総合格闘技が流行ることはないだろう、という言葉を何人かの方から聞く。そう、ねぇ……? 難しいが、道はある気がする。万人受けする必要はない。100人のうち5人が素地があるなら御の字じゃないかな。100人のうち1人が興味を示すだけですごいブーム到来だろう。そしておそらく、総合格闘技に興味を示す素地がある人は、とてもパワーがあり影響力の強い人だ。総合格闘技がそういう人たちが集まる場になるなら……凄いことが起こりそうな気がする。
生涯掛けてやる自由研究には、もってこいだなー。ついでに私も試合に出られたらいーね。
次に参加希望を出すなら7月のZST PRE STAGEだなーと思うが、練習量確保できる気がしない。グラップリングより打撃のが試合成立可能性高いだろけど、打撃はまだまだ私のレベルが足らない。と、試合を見て思い、上田さんのコメントを聞いてやはりな、と思った。あれが出来なきゃ、MMAルールで出られない、そうだよなぁ……。ただ、いつかは達する感触はある。それこそ初めて出たいって言ったときに確かめさせていただいたから。なんだけど……さて、生きてるうちに届くんかねぇ……。ま、ゆっくり行こう。仕切り直すのも悪くない。
そー……改めて思ったけど、練習しづらくなるくらいなら、試合は出なくていい。試合に出るのは、格闘技を楽しむため、練習を充実させるため。試合>練習ではなく、練習>試合。
大好きな人たちと死ぬまで格闘技続けられること以上に大切なことが、今は思いつかない。続けてさえいれば。続けてさえ、いれば。いつか。
やっぱ気長で温厚になったぞ、私。

17.03.25(土)【GSA】初心者MMA:上田さん
春休みだからか人数少なめ。
マット運動で側転しようと踏み切った瞬間に

「そのTシャツ、ほんと腹立ちますね。」

といちゃもん付けられて衝撃でそのまま横転。なにするんすか(o_o)
シャドウの最中、前蹴りしたら

「いいですね、その顔にめがけて!」

言われて思わず会心の前蹴り。なにこれ凄いイイ練習。思わずサイドキックも唸りを上げるが、手を振りながら避ける顔が実に腹立たしい。

打撃練習は上田さん交えて目慣らし。
途中ラウンドで徹底的にボディ狙いをされる。たぶんやられたことをやり返してるんだろなぁ……すげーへんなビジュアルだろ、これ。実に嬉しそうに執拗にボディ狙われる。倒錯的な楽しみ方をしてるなぁ。歪んどる。笑えるくらいに変な方だ。
上田さんが実に面白く仕掛けてくる。物凄く特徴的な動きをするのだが、上手くつかめず攻略できない。終わったところで癖の解説。くそーなるほど……
最後の一周で難易度が下がる。ようやく半分、攻略できた!! が、もう半分が攻略できずにいいの食らう。くそぅーーー(o_o)
種明かしをされて納得。攻略も一種類だけじゃないな。
すげー難しいんだけど、場数な気がする。システム障害と一緒なんだよー。目を覆うほどに技術力がない私でも長年続けてきたので、発生した障害の現象を見れば原因箇所の当たりが大体つくのだ。アレと一緒なんだ。まだ私の脳みそが格闘技に慣れてないんだよな。だから観察すべき場所とポイントが把握できない。観察すべきは数カ所、動きも数パターンに限定されるはずなんだ。それにさえ目が慣れれば。そして対応方法は数パターン持つだけでも充分対応しきれるはず。場数なんだよーーー。
で、上田さん見てるとほんと、ゲームだなーと思う。アクションゲームの中ボス攻略を思い出すのだ。言葉もダイスも使わない、己の身体を使ったテーブルトークゲーム。実に優れたゲームマスターだ。
これをね。リアルさを失わずに、もっと汎用的にもっと大人数で出来たら。そしてもう少し難易度を下げられたら。それが肝なんだよな……

目の前の方にメカニズムを理解され面白がってもらえるだけでも充分すぎる。さらにその”汎用性”を広げられたら。
私の夢で目標の“格闘家の方々の社会的地位を向上する””あの頃の自分に届くくらいに種を撒く”が近づく。もっと多角的に、パワーも上げて、コスパの追求ができたら。
でも、コスパ追求や効率を至上命題にすると詰む。そう……だからこその、ゲーム。
上田さんクラスは私にとって何通りもの楽しみ方があってお得すぎる。
寝技はカドワキチョーク。チョークって一言に言ってもいろーいろあるものだな……いったいどれだけ覚えればいいのやら。はぇー……。

改めて思うんだけど……
今年の目標の”勝ちたい”。
私にとって、”何”をしたら”勝つ”になるんだろ?
試合設定、条件を見直す必要があるなぁ……。

心理の師匠のブログを見て笑う。

“だから、思い切り項垂れているのを観ると羨ましいし、強いなあとさえ思う。
よくそんな勇気があるなと。”

ほんとそうですよね……

“喜怒哀楽は恥ずかしいことではなくむしろ必要で魅力的なもの”

“私もゲームのカモであると共にゲームをする側でもあったのだなと。”

重なって、沁みる。
早くお会いしたいな……もうすぐ。

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出られなかったご報告

3月20日(月・祝)のZST PRE STAGEに試合出場申し込みをしていましたが、対戦相手の方が見つからなかったとのご連絡を頂きました。
凄く探して頂いたであろうことが想像に難くないので、逆に見つけづらい条件での参加申し込みが申し訳ないくらいで、とてもとても感謝しております。

今回も本当に貴重な経験をさせて頂きました。
“試合に出るなら”を想定しての練習はふだんと違ってとても刺激的でしたし、師匠の方々、先輩の方々、仲間な方々とも普段出来ないお話をたくさん出来ました。
すごーくすごく、楽しかったです!! ほんとに。出たいと言ってみるものですね。
やりたいことはやりたいと言わないと損だ。

初めてのときが申し込み許可降りず、今回は申し込みが出来た。
成長したなぁと思います。
そして私らしい展開だ、とも。

“初めて(ガチの)試合に出る”

それだけでこんなに引っ張れるネタになるとは。実にオイシイです。
躓いてばかりで遅々として進まないのが楽しいです。

私が出たいのは総合ルールの試合なので、今回申し込んだグラップリングの試合以上に成立が難しいはずです。
かねてより考えていた通り、

“まずは自分と同レベルの練習仲間を増やす”

から始めないと対戦相手すら見つからないことでしょう。
なのでゆっくりじっくり取り組んでいきます。

ガチ試合に出るなら、初めての試合はZST PRE STAGEに出たいです。
ZSTが大好きですし、PRE STAGEのあの雰囲気、あの安全面に最大限に配慮された安心感がとてもほっとします。
初めての試合は、1番、安心できる環境で出てみたいです。
そのぶん、参加できる可能性が狭まるのかもしれませんが、それもありかな、と。

“試合に出ることだけが、格闘技にガチで取り組む道じゃない”

を体現するのも楽しそうです。
それを体現するのに私ほど適任な人間も居ない気がするのです。

スポーツ歴がない40代50代からでも総合格闘技を始めるのが一般的な光景にしたいです。
そして出たい方が居るならば、安全に試合に出られるようにしたい。私も含めて。
それでたくさん笑ってたくさん泣いて、喜怒哀楽を爆発させたいです。
そんな光景があちこちで繰り広げられるところを見てみたい。
それが私の夢です。
どれだけかかるのか、叶う夢なのかわかりませんが、一生掛けて取り組む価値ある、面白すぎる自由研究です。

試合にスムーズに出られていたら、抱かなかった夢でしょう。
私はこの夢が大好きで気に入ってます。
だから私は、躓いてばかりの自分の現状がとても満足で、満喫してます。
これからも、普通なら躓かないところでガンガン躓き、ひとつひとつの課題に向き合っていきたいです。

そんなふうに心から願えるのは、関わってくださるすべての方々のおかげであり、その方々が培ってきた環境と状況の恩恵にあずからせて頂けたからです。

こんなに、格闘技が楽しいだなんて。

たくさんたくさん、感謝してます……。

これからもひとつでもたくさん、格闘技とのしあわせな出逢いが生まれますように。

20日のPRE STAGE、SWAT! はもちろん観に行きます!!
またうちのジムの方々がたくさん参戦されます。動画撮りまくるのが楽しみで仕方ないです、腕が鳴ります^_^
皆さまが少しでも怪我なく楽しく格闘技を満喫されますように。
がんばってください!!

「ZST PRE STAGE 82」対戦カード、試合順決定!

【SWAT! 158】試合順決定

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ポジティブモンスターTシャツの活用方法

【動画:試合動画解説(GRANDSLAM5 伊藤盛一郎 vs 内藤頌貴)】
格闘技指導:“ZSTの体操お兄さん”上田貴央選手
観覧:T氏
撮影:久禮
撮影場所:GENスポーツアカデミー(略称:GSA)
上田さんに公開許可を頂きました。 皆さまありがとうございましたm(._.)m
———-

早く着いたら顔なじみになった上田さんの先輩なお方がいらっしゃった。

「上田さんのポジティブモンスターTシャツ、販売するみたいですね。20日(月)のSWAT!会場で初売出しだそうで。」

とお喋り。

「あれは着づらい」

というお話。ええ、私もだいぶTシャツは購入してきましたが、あれほど着づらさそうで購入をためらうTシャツは初めてです。
すごく、試されてる感がある。
……………………踏み絵…………………。

イラストはステキです。
イラストは、実にステキですとも。
しかしイラスト、デカすぎでしょう。
なぜあそこまで全面プリント。しかも試合用は前面背面ダブルプリント。
いったいどんだけポジティブなんすか。自分好きなんすか。
ポジティブモンスターとはよく言ったもんだ。

“花粉のような爽やかさ”

あのフレーズがあまりに的確すぎて払っても払っても脳みそから離れない。フレーズから、花粉並み。正にそれや。

上田さんがとても嬉しそうに仰っていた。

「アレ着てるとボディー狙われるんでめっちゃ防御練習になりますよ!」

ああ、あのイラストの顔面部分ですか……確かに狙わずには居られない。
そしてなぜそこでそんな嬉しそうに出来るんすか……ほんっとにポジティブっすね……無敵だな。

上田さんの先輩なお方が仰る。

「あれは着ようがなくて1週間、タンスに眠らせたあと雑巾にするパターンですね。」
「顔の部分を前面に出してトイレ掃除に使うパターン。」

コメントが容赦なさ過ぎて思わず笑い転げる。
しかもそれを、上田さんは喜びそうですね!

「Twitterに写真投稿したらリツィートしますね、タチが悪い。」

爆笑。
なるほど、あのTシャツは上田さんをキライな方ほど用途があるのかもしれない。いっそ雑巾加工までオプションで受け付ければいいのに。

“ポジティブモンスター雑巾”

…………………ヒドい orz

正直どうしようかと思ってたが、ここまで来るとネタとして着ずには居られない。試されるなら受けねばならない。
購入してどれだけ着こなせるか挑戦してみよう。背面が真っ白は寂しいので、サイン頂くか。より着づらく加工してハードルを上げてみよう。
すっげー防御練習になりそう。

17.03.18(土)【GSA】パーソナルトレーニング(加圧0.5h):上田さん
プロテインバーのお話から、理想的な筋肉は魚類です、なお話。
なんでそんな理想的な筋肉なの?の答えは、“泳ぎ続けてないと死ぬから”“水の中で泳ぐのは抵抗と負荷の高い全身運動だから”の2本立て。
泳ぎ続けてないと死んでしまうメカニズムは、魚はエラ呼吸だから。人間は肺があって横隔膜を自発的に動かすことで呼吸が出来るが、魚には横隔膜的な働きをする臓器がないので泳ぎ続けてエラに水を通して酸素を取り入れるしかない。
その在り様はまるで……

「仮面ライダーの変身ベルトみたいですね。」

のコメントから久々の仮面ライダートーク。仮面ライダーのベルトによる風力発電は代々のライダーをかき集めても、床に置いた牛乳パックを「ふんぬっ!」と腰の高さまで持ち上げる動力しか起こせず腰から砕け落ちるという話をスクワット中にされて砕け落ちそうになる。
さらに風力発電を行うために乗っているバイクの話になり、

「時速400km以上を出す彼らは無免許運転だと思うんです。」

のコメントから上田さんによる、スピード違反取り締まり中のお巡りさんと、ショッカーが荒川区の幼稚園送迎バス急襲の報を受けて現場に急行中のライダーのやり取りの再現コントに発展。

「そのヘルメット外して。」
「いや、これ、外れないんで……」
「は? 外して。おかしいでしょ。」
「や、ほんとに外れないんで……」
「外れない? じゃぁノーヘル?」
「あ、まぁ……はい……」
「減点ね。免許出して。」
「あ、免許持ってなくて……」
「無免許? 身分証は?」
「や、そういうのもちょっと……あの、今、ショッカーが……急行しないと……幼稚園児が……」

マジで死ぬ。

などなど、全体的に頭悪そうな雑談に終始し爆笑して終わる。
ただ上田さんはそんなときもいつも観察していてギリギリの負荷をかけてインターバルをとっている。終わったあと、メモを残すのにペンを取っても手がフルフルしてまともに字が書けなかった。
今日もめいっぱい、よいトレーニングをさせていただいた。あの雑談で気を紛らわせなかったら、ヘタレな私にはこの高負荷は無理だったな、と思う。

17.03.18(土)【GSA】グループトレーニング(格闘技1.0h):上田さん
今日はT氏が参加。のでT氏用に特別メニューにしてみる。

■座学 お題:GRANDSLAM5 伊藤盛一郎 vs 内藤頌貴 の試合解説お願いします!
RIZIN出場決まった盛一郎さん。その決め手となったアノ試合の解説をお願いしてみた。いやーーこれをずっとお願いしたかったのだ!
これのためにポータブルDVDプレイヤーも導入。意外と安くてT氏からは「ちゃちい」言われるも、買ってよかった。
まー上田さんがとっても前のめり! やはりこの試合はすごかったですよね!! 座学が最長の50分に到達。いやもっと聞きたかった。最後は上田さんがプレイヤーを駆使してコマ送りしまくり。

「このあとのこれが!」
「これ!!」
「これが決め手でこうなって!!!」

ぐぁーーー面白い。つか上田さんが特撮ヒーローモノをかぶつきで観ている子どものようだ。
T氏も

「これは解説聞かないとわからないことばかりだった……めっちゃ面白い……」

と唸る。でっしょぉぉ!?と鼻高々。
上田さんにパーソナルでこんなふうに座学をお願いしだしたのは私が初のはずだ。
当初、上田さんが「もったいなくないですか? 実技のほうがよくないです?」と気が引けてたのを押し切った。これがめたくそ正解なのだ。
実技はもちろん面白い。が、座学もぜったい、面白いんだって!! 特に上田さんは!!! 両方やらないとわからないんだよ、格闘技のホントの面白さって!
いやー、この試合の解説はまたお願いしたい。まったく同じ内容でいい。まだ私は目が追い付いてないや。何度でも聞きたい。くそーーー盛一郎さんカッコ良すぎ!! 内藤さんも半端ない!! このおふたり、めちゃめちゃすんごいわっ。

■実技 お題:GRANDSLAM5 伊藤盛一郎 vs 内藤頌貴 のキーとなったあの動きを。
残り10分でこの試合の要となっていた打撃戦での足の動きを再現。これを読んで駆け引きしてたんだなぁ……と思うとほんとめっちゃ高度で、私の眼は何も見れてないんだなと痛感する。まったく同じものを見ても何も受け取れていない。いやー……すごいや。
ほんと、同じ内容をまたお願いしたいな。
クラスもいいけど、グループトレーニング最高だ。自分のペースで好きなものお願いしまくれるものな。サイコー♪

17.03.18(土)【GSA】初心者MMA:上田さん
日本語は難しい。。。
私にとって当たり前すぎたのと、多少いろいろあって丁寧には書いてこなかった、とは思う。

私がもし大切なかよわい友人に格闘技を体験してほしくなった場合、横浜ならば盛一郎さんのCHANGEキッククラス、新大久保なら上田さんのこのクラスに連れてくる。実際、どちらにも私は友人を体験で連れてきている。
おふたりとも未経験者の方に教え慣れている。そして視野が広くて観察力がすごい。相手に合わせて冷静かつ的確にレベルを設定する。受け手が気づかないささやかな加減も微修正する。
それを私は自分の心身をもって知っているし、信頼しているから、大切な友人を預けて紹介したいと思う。一般的に”野蛮”の印象も持たれがちな格闘技を、このおふたりなら、素敵なファーストコンタクトにしてくださるとわかってるから。
盛一郎さんに対する信頼と安心感と同じ次元のものを、私は上田さんに対して抱いている。

上田さんには毎週パーソナルをお願いしているので、深くツッコんだお話もだいぶしている。なので上乗せされたことがある。
過去にこんなことをインタビューで仰っている。

「コンディショニングとか怪我を治す、疲れを抜くというのはZSTの中でも僕が一番うまいんじゃないかぐらいに思っています。」

実際、そうだと思う。
私はこの2年で何度か怪我をしたことがある。その際、パニックを起こし恐怖でメンタルをやられたこともある。
その際に、程よい距離で私を観察しつつ、多岐にわたってアドバイスをくださったのが上田さんだった。
まず、恐怖ゆえに怪我を軽視して逃げ、なんでもないこととスルーしようとした私に直視する勇気ときっかけをくださった。
そして恐怖で引きつる私に具体的に闘う方策として、大切にケアをする術を教えてくださった。
さらに続けて、大切にしすぎた結果、甘やかして動けなくならぬよう、また格闘技ができるように動かすためのタイミングとその術も。

そして何より大事な、予防する術、身を守るスキルも。

怪我をしたのは私の自己責任の甘さもあった。それも指摘してくださった。私を追い詰めない範囲で、程よく加減をして。容赦ないのだ、上田さんは。
知識とスキルは惜しみなく与えてくださる。
だが、それを使うか使わないか。その判断と決断と行動はすべて私に委ねられる。
なぜなら、そうじゃないと自分の足で立てなくなるから。
私は自らの感覚と思考と心身を使い、与えられた知識とスキルを吟味してきた。
上田さんの言ったことを丸呑みはしない。ただ、これまでの積み重ねにより、“すべてまずは試す価値がある”と信頼する状態にはなった。

結果、私は自らの判断で毎週、上田さんに習いに新大久保に通っている。楽しく、安全だから。
それが私個人の現在の結論。
だが、“久禮にとっては安心で安全”であっても、他の誰かにとっては異なることもあり得る。
それは個々に思考し判断することだ。私がどうこう言うことではない。思考と判断の材料として、こういう風に私の事例を提供することは出来るが。

そもそも格闘技は身もふたもない言い方をすれば、”相手と壊しあいをし、強さの優越を競うスポーツ”だ。
そんなものを酔狂にも自らたしなもうとしておいて、”怪我をしたくない”は無理な話だ。だったら”壊しあい”を望むのは矛盾している。

“壊しあい”を望む以上、自らが怪我をするリスクも、相手を怪我させるリスクも背負うのだ。

これは、絶対の前提条件。
完全にゼロにするのは無理。どうやってうまく付き合うか、なるべく致命的なモノを発生させないか、いかにしてコントロール可能な範囲に収めるか。どれだけ発生率を最低限に抑えきるか。発生した時の被害を最小限に食い止めるか。どこまでなら、リスクを背負えるか。コスパのバランスを取って被害を受ける決断をするか。
それらを考え、瞬発的に、もしくは継続的に判断し続けるのが、格闘技を楽しむってこと。

なら、では格闘技をしなければ怪我をせずに済むか?
そうではないだろう。直接的な機会は減るが、怪我をする可能性は生きてる以上、常にある。
なら、格闘技を通してリスクヘッジの仕方を学ぶのはとても有効ではないか?

それが”考える力””闘う力”を養うってことだ。
人として、よりよくしあわせになる力を身に着けていくってこと。

それらの技術を私が獲得するために、上田さんが惜しみなく与えてくださった知識とスキル。
あれは上田さん自らが怪我を山ほどしてきた中で立ち向かい、工夫して培い育んできた智慧だった。

何につけ、相対する人やモノ、出来事を絶対に軽視しない方だ。
だからあれだけ怪我に関する多方面、多岐に渡る造詣と、目の前にいるクライアントに対する接し方が深いのだと思う。
上田さんのアドバイスはことごとく、自ら考察して立てた仮説を自らの心身で検証してきたものばかりなのだ。だから説得力がめちゃくちゃあるし、実際に試すと効果がわかる。
そりゃーそこまでできるほどに、何事にも深く深く容赦なく入り込んでいったら、自己認識が『怖くて臆病』と言いたくなるかもしれないが、それこそまさに勇者の証だろう。世間一般の人は怖くてめんどくさいからそこまで深く入り込まない……だから鈍感でいられるのだ、そこまで怖いと感じないで済むように、と、思う。一般的な方はそこまで物事を見つめられませんよ、怖くて。

だから、そんなふうに目の前にある事象を恐ろしいまでに観察し考察する方が、クライアントや会員を危険な目にあわせるようなクラス構成をするはずがない。それでも発生する偶発的な出来事に対しても危機の察知能力がめちゃめちゃ高くて回避力がハンパない。
ので1番怪我する確率が低いクラスだと私は認識している。
という実感は確かに、直接やり取りをさせていただいた私のような人間でないと持ちえぬことではあるが。

でもそもそも普通に考えればわかる。
それこそ臆病でチキンな私が”ここは安心で安全”と思えなかったら、こんな笑って毎週通うはずがない……こんなのびのびと試行錯誤しながらMMAを楽しめるはずがないのだ。

どうしてそんな当たり前のことが見過ごされたのか。
私は自らの心身を考えなしに他人に預ける人間に見えていたのだろうか。
上田さんがこれまで成してきた実績と人柄はどんなふうに見られていたのだろうか。
と思うと、微妙に暗澹たる気持ちになる。なので、ここまでの話は枝葉末節に過ぎない。クソ長いのに。私の日本語って本当に残念。どうしたら短くなるんだ。

さておき、なんというか。
私はどう控えめに言っても、人の好き嫌いが激しい。嫌いな人間はめっちゃ嫌い。めたくそ心が狭い。年々、人の好き嫌いで仕事を選ぶようになってる。それを隠しもしないので会社ではヒンシュクを買うことが多々ある。
そして、あんまりそれを私は反省しないし、改める気は現状、さらさらない。
まったくもって、人間ができてない。
人間なんて、好き嫌いがあって当たり前。人の悪口言わない・毒を吐かない人間を私は基本的に信用しない。
嫌いなものは嫌いって言えばいーのに。と、周囲を見てるとよく思う。
『嫌い』を認めないと歪む。

『嫌い。』『でも、ある特定の分野においては、信頼できる。』

ってパターンは意外とある。
が、『嫌い』を認めないと、『信頼できる』も認められないのだ。

上田さんを好きになる必要はカケラもない。利害が一致しないなら嫌いなのが自然だ。
もう、キライならキライでいーじゃん……人を嫌いになるってそんなダメなことだろうか?
すべては私の都合なので言っててすごく微妙な気持ちだ……

だから結論は一言でまとまる。うん。
嫌いな人は全員まとめて上田さんのTシャツ買って雑巾にすればいい。ちなみに売るほど赤字らしいのでイイ攻撃。
1800円払って雑巾にするなんて、愛だな。

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