trn 心理学

夕暮れのラブレターと、ラピスラズリブルー

「ちょうど出来ましたよ。」

17.05.21(日)心理学
へ? 何がですか?

「ブレスレット。オーダーされてましたよね?」

いえ、まったく。それにフラワーエッセンスまで。
苦笑する。お珍しい。そう来ましたか。

「えええ本当に? ……ええ間違った。」

や、そういうことなのだと思うので……

テーブルの上に置かれたブレスレットから目が離れない。だってこの子はどう見たって。

他の方の注文でなければ、そのままいただけますか?

「ええ、完全にくれさんをイメージして作りましたし、サイズも。いいんですか?」

はい、そういうことなのだと思います。私の目にも、この子は完全に私仕様に見える。

ラピスラズリの十字架。くるりと一周するは、ローズクオーツとゴールデンルチルクォーツ。紐は黄色、十字架を結びつける金具は金色。
これは私仕様でしょう。うん、サイズもぴったり。一般的な女性には太すぎるだろう。
それに、フラワーエッセンスも、か。
……自分のメンテナンスを怠るな、自分への投資に躊躇するな、これからますます必要になるから、と。そういうことかな。
欲しいと思ってたが躊躇していた。投資した分、稼げばいい話、か。

ブレスレットの浄化のためにいぶされたセージの香りに包まれながら、このところの出来事をお話しした。意外と思ったより手短に済むものだな。
話しながら、力が抜けてるもんだな、と自分で思う。既に自分の中であらかた整理がついてるよなぁ。

いろいろ不安定なんですよね。

と爆笑する。師匠にも笑われる。
数か月前ならそんなことを爆笑しながら言えなかった。たぶん私は一生、不安定だ。ふつーにそう思う、これは力が抜けてる状態。イイ。

師匠からは特段、コメントがない。
最近、そんなんばっかっすね。あっちもこっちもそっちも。欲しかったときもあったけど、諦めましたよ、いい意味で。
笑えているなら、どうでもいいです。曇りのない笑顔の前には、すべてが些細なことだ。その笑顔がすべてを雄弁に物語っているから。

書き言葉使いが言うのもなんですが……
言葉なんて、嘘を吐くのは簡単で、ほんとかどうかはわからないから。

本当に大事なことの前には、言葉なんていらないんでしょう。むしろ、邪魔なのでしょう。

師匠が THE BLUE HEARTS の曲を2曲、教えてくださる。
それらを子守唄代わりに、レイキをかけてくださった。
それでもやっぱり、言葉は好きですよ。こんなふうに涙が流れるから。

生まれてきてよかった。生きててよかった。

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愛を説くカポエイリスタ

GWはカポエイラ。……の前にずいぶん深い話が聞けた。

17.05.03(水・祝)【祐天寺】6th BATIZADO & WORKSHOP 初心者体験カポエイラ
HIROさん、武術な方所属のグループのカポエイラワークショップがある、とのこと。こちらにお邪魔するのも目的で、CHANGEクラスにも初体験しに行ってみたのだ。
お暇だったら?と武術な方からランチのお誘い。ラッキー! これで自力でGoogleマップとにらめっこせずに済む!!とイチもニもなく飛びついた。

祐天寺……若かりし頃に付き合ってた人が住んでましたねぇ……今や面影を見つけるのが難しい……記憶も定かではないが……
道案内は武術な方にお任せする。スマホが壊れて修理中でネット環境がおぼつかない方に無理難題をふっかけている自覚はあるがそのほうが絶対イイ。
祐天寺って独特だな。オサレカフェが多い。個性的。
見つけてくださってた1件に入ってランチをいただきつつ近況報告。盛一郎さんにマンツーマンで修正していただいたというキック、見たいなぁ……! また近々、キックかMMAでクラスがご一緒できたらいいのだけど。私はだいぶ鈍ってますね……
て話から仕事の話も。やはり違う職種の方のお話は本当に面白い。格闘技始めなかったら、絶対、お知り合いにならなかった方だろうなぁ……
で、最近オススメの本は?って話になり、

「哲学は好きですがカトリックなので宗教系の哲学にいきますね。」

そして

「最近は心理学はどんな感じですか?」

と問われ、ああ、この方は質問相手にぴったりだ!!と嬉しくなる。
いやー、こんな質問を下心なく、奇をてらうでもなく、純粋な知識欲のみで出来るっていいわぁー……ありがたい関係性。

愛ってなんですかね……?

そのままストレートに耳を傾けてくださるので助かる。

心理の師匠に言われたのです。”嫌いな自分も、自分で愛する必要がある”と。でも”愛”がよくわからなくてここ2ヶ月、禅問答してるのです。カトリックの方の観点で”愛”ってどういう解釈なのか知りたくて。

「ああ、そのへんはキリスト教では外部委託なんですよ。」

という説明に爆笑。そういうことか……!!! めっちゃわかりやすい、サイコーだな……!!!
要はそのために”懺悔”なるシステムがあり、神父様に告白をし、神に許される、と。なるほど、見事なシステム、カンペキな説明だ。わっかりやすい……
思わず、その手もありだろうか?と考えてしまうが、私の場合は単なる逃げなので失礼だな、と却下。
と、それだけではナニだと思われたのか、お話を続けてくださる。

「キリスト教の指す”汝、隣人を愛せよ”の”隣人”は実は狭いんですよ。」

なんてお話。キリスト教はもともとユダヤ教が起源。隣人はユダヤ人を指すらしい。へぇ……! でもそうだろうな。
愛にも種類がある。人間に叶うのは性愛、友愛で、その先の無条件の愛”アガペー”は……

「人間にはムリで、神にしか叶わない愛です。」

キッパリ言い切ってくださって、わかりやすい。
そもそも万人を平等に愛することは本当に愛なのか?ってお話。

アンパンマンを思い出す。”みんなを大好き”ならばそれは”みんなふつう”と同じ意味じゃないかってエピソードをどっかで見たな。
そして主題歌を思い出す。
“愛と勇気だけが友だち”で”皆の夢守る為”に、”夢を忘れず”、”涙を零さず”、飛び続ける。
“みんな大好きアンパンマン”って言葉は、相思相愛を指すんかな。
みんなが、アンパンマンを大好き。アンパンマンも、みんなが大好き。
みんなを平等に大好き……アガペーは神様でないと、ないよなぁ……そんなんできるのは、脳みそが糖質で出来てるからだろうか。蛋白質脳には不可能でも、糖質脳ならイケるのかもしれない。

みんながアンパンマンを大好きなのは、なんでなんかなぁ……
もし大飢饉であんこが切れて補充されなくなったらどうなるんだろ?
皆の夢を守れなくなった、愛と勇気しか友だちいないアンパンマンはいったい?
考え出すと、切なくなる。
アンパンマンにはパン工場の人たちがいてよかったよな。アンパンマンが弱くても戦えなくなっても、関係ないであろう人たちが。それはきっとほんとの意味で”大切”で”愛”ってヤツなのかもしれない。
“利”があるから好き、じゃない……弱いところが好き。そういうのは問答無用で、好きなのだな、私は。大切な人が大切にされてたら嬉しい。大切な人が大切にされてなかったら、ものっすごくカッとなる。そんだけと言えば、そんだけ。
パン工場で働くには……自分の目で見て、自分の脳みそで考えて、自分の足で立てないとダメだから……そんなん、好きだよな。
思ってるよりも、パン工場の人は多い。で、たぶん、増えるんだろう。可変だよな。だから気にするこたない。
そんな諸々を発見できたのは大収穫だった。
自分の感情が細分化できてなかったんだな。細分化するには、試金石が必要だったんだなー……
もろもろはブーメランになって返る。おそらくそんな投影をするのは……やれやれ、だ。やっぱマズいのは自分だな。

あと、原罪のお話、アダムとイブと蛇と知識の樹の実のお話。いずれもおもしろかったなぁ……!
そうそう、人工知能のお話となぞらえるとまた、面白いですよね。あの本、また読み返したくなった……面白かったのに、うまく語れないんだよなぁ……

ふむ。やはりこの方とお喋りするのは、面白い。

改めて食後に運動。
HIROさんにも、クラスでご一緒した方にもお会い出来た。
ワークショップもグループのことも詳しく知らずに参加したのだが、師範の方がいらっしゃってるのだなぁ……!
“本場の雰囲気が楽しめますよ”のお言葉に惹かれて伺ったのだが納得だ。そして女性が多いな……

師範な方が教えてくださる。日本語が通じないので、日本人の講師の方々が通訳に入る。ところどころは雰囲気で。新鮮だ、こういうの初めて。
最初は輪になる。両太ももを両手で叩いて、両手をパンと叩いて、指パッチン。これをリズムに乗ってみんなでやる。音が一体化して、リズムがだんだん早くなって……ついていけなくなってみんなクスクス笑って必死。

「指がならない……!」

って悲鳴も。私は最初から鳴りませんでした……!
初めての方ばかりなのに、妙な一体感。音とリズムって不思議。

場がほぐれたところで、輪になったまま、歩いたり走ったり方向転換したり。フェイントが入って笑いが溢れる。身体を動かすのに言葉はいらなかったりするなぁ。

そしてウォーミングアップ。音楽が流れる中、師範な方の動きを真似る。
緊張したか、ジンガを間違える orz 教えていただいて思い出し、これはすぐに馴染む。クラス出ておいてよかった、これがスムーズにできるだけでぜんぜん違う。
そこから前にやったのも、やってないのもいろいろと、ステップが入る。
今回、ポイントになったのはんー、柔術クラスで何度かやったゴリラの動きかな? 側転の回らない小さなヤツ。
回るのはちょっと難しい……足を曲げるか延ばすか、それがどっち足を軸にだったかよくわからなくなってこんがらがる。あと三半規管が。前よりマシになったんだけど。

それから会場を縦方向に使い、2列になって1組ずつ対人練習的な。
もうついてくのに必死で、どんなやったかあんまり覚えてないけど、めっちゃ楽しかった! 脳みそ使ったな。
途中で椅子を使って、ジンガからのフレンチや、フレンチを左右はなったり。ゴリラのステップを使って飛び込んだり。
武術な方の補足説明の

「あのステップを使って相手の脇に入り込んで、肘打ちを入れるんです。」

と、実際のステップイン&肘打ち寸止めでテンション上がる。かっこええ……そういうことか!!
途中で武術な方と組んだタイミングがあった。ジンガからのフレンチを避ける動き。

「当てる距離で行きますね。」

の声に思わず顔がほころぶ。
実際にスレスレをほどよい速度で蹴ってくださる! イイ!!この緊迫感!!
それまでにない良い動きが自分で出来た感触。差し向かいでジンガやってると自分の動きが大きくなるのがわかる。
ほんとこの方は、相手の能力を引き出すのが巧いなぁ……! いい上司ですよ。絶対(・m・*)

クラスでご一緒した女性の動きも見惚れる。足の動きが実に綺麗なんだ。体幹がブレないなぁ……あれはカッコいい。あとからお話し聞いたら、まだまだだと仰っていて奥が深いなぁと思い知る。3年位であそこまでうまくなられるのか……継続できるって、強いな。最初はわけがわからなかったのに、それでも続けられたのだものな。

クラス終了後、武術な方が面白いモノを見せてくださった。

「途中でやったあのステップをMMAで使うとこんなことができると思うんです。」

ミドルキックが届くかどうかの間合いからのステップ・インしてテイクダウン。
うっわ……これはMMA脳だと見たことない動きだからとっさに固まる……! 食らうわ、コレ!!!
今日イチ、自分の顔が輝いた自覚がある。どんだけMMA好きなんだ、私。

今度、これ、スパーでやってくださいよ!! 見たい!!!

「久禮さんがやってくださいよ。」

ですよねー……ははは。
出来る自信がない……あああ練習したいな、打ち込みしたいな!!
カポエイラもやっぱたのしーよ! うまくなりたいなぁ、MMAに活かしたいっ。

終了後はちょうどよいな、と隣駅の中目黒で下車。お気に入りの文房具屋に久々に立ち寄った。
2階のカフェでのんびりお茶しながら、考え事をしようとノートを開くも、フリーズする。
どうやらまだまだ、消化不良らしい。ゆっくり行こう……
ただものすごーーく、充実しているのは確かだ。いいGW。

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“しあわせの概念”の変化

今日は悪くない、と思うんだけど。

17.04.30(日)心理学
いつもお茶菓子をお持ちしている。……というと聞こえがいいが、要は自分が食べたいものなんだけど。
今日はお気に入りのフルーツヨーグルトと、妙に美味しそうだった焼き芋を。ちょっと多め。

すると師匠が

「よかったら食べます? 食べないんですっけ?」

とご自身のお食事に買われていたコンビニパスタを示された。
コンビニパスタ、か……パスタ。
食べないんだけど、少しいただいて食べた。

もともと”茹でた小麦粉”属性はない。やはり”焼いた小麦粉”属性だ。米属性もあるが、最近は減ってきた。

「なるほど。”白”系統と”茶”系統ですね。どちらも同じ意味合いです。それは……」

と続いた言葉に目を閉じる。なるほど。

「そのときに求めるモノも、なぜか同じなのです。それは……」

なるほど……いっそ見事なまでの、投影だ。よく出来てるな?
いろいろな出来事が重なり、腑に落ちた。課題は回る。

今でも、精神的に詰むと、焼いた甘い小麦粉に手が伸びる。もしくはチョコレート。
それが少しずつ、回数が減り、消費量が減り、肉か果物で収まる時が増え、だんだんと回数が減るのかな、と感じている。
この数週間は数か月ぶりにずいぶん食べて、それを実感した。緩やかに変わるのだろう。時間が必要な場合もある、か……

ただ不思議で……できすぎたタイミングで救われた出逢いがあり、得たいくつかのキーワードを使ったら世界が違う様相を呈して見えた。ようやくそれで、少し正気に返れたような。
そして振り返ると、あの狂い方があまりに理に適ってないことに気づく。何かを無意識に察知して、必要な不具合を起こしたような、よくできたストーリーにしか見えない。

あそこで狂ったからこそ、見えてきたものがあった。
“しあわせの概念”が少し変わった……ような気がする。まだ脳内を書き換え中の感触はあるけれど、おそらく……私史上最大レベルのエポックメイキング。
師匠がノーコメントだったことを思うと、たぶんその感覚はいい線行ってる。
ただ、あれは……”穏やかな生活を過ごすため”には”しあわせの概念を変える必要がある”だったんだけど、結局は”前以上に刺激的なルート”を”心穏やかに選択する”んじゃないかという気がしてならない。ま、自分が納得いくなら、なんでもいいんだけど。

師匠が先日、”自分をそこまで好きじゃない”と発言した際のエピソードを聞かせてくださる。師匠の発言は”病的なほどの自己愛を抱けない”というニュアンスだった、ようだが。
その言葉を聞いたときに、それぞれの自己認識があぶりだされるようだ。
ある方は『師匠がご自身のことを嫌いだなんてショック!!』と受け取ったらしい。
ある方は……なんだったかな。忘れた。
んで総括して師匠が言ったのは

「”好き”と”自信”は違いますよね。」

で、私にはよくわからなかった。

「単に”好き”なだけでいいんじゃないですかね。」

はぁ……。???
そもそも”自信”がよくわかってないかもしれないですねぇ。
……”好き”も、”気持ち悪い好き”とか”醜い好き”とかありません?

「ええ?」

あれ、なんか違う?
少し話を進めると

「ああ、”依存や執着が混ざった愛”を指してるのですね。」

と言われる。あー……????
“好き”と”愛”の違いってなんですかねぇ??

……ああ、今月も欠陥人間っぷりを露呈しているなぁ……

あ、えーとでも、前回教えていただいた手順はわかりましたよ!

「手順?」

自分で自分を愛する手順です!!

その言い回しはとてもよろしくなかったようで、一瞬、師匠に凄まじく睨みつけられた……(´;ω;`)コワカッタ

欠陥……『”愛”って単語を安易に使う人間にロクな人間はいない』って脳内に処理プログラムがあるんだろな。
ので、理解しようとするそばから、理解したくなくてぽいぽい投げ捨てている気はする。
そんな百人百様の単語を使わずに表現や相互理解ができないモノかと。言葉なんて、ウソをつくのは簡単で、ほんとのことはわからないから。
……と自説に固執すると、学びも成長も、ないのかなぁ orz

最後にレイキ。途中で落ちた。
師匠曰く

「今までで一番、滞ってる場所がなかった」

とのことなので、自己認識と合致した。経済に例えるなら、負債がデカかろうが現在進行形で多少増えてようが、それを圧倒的な物量で上回る収入があれば負債は増えないし返せる。負債をあそこまで抱えてここまで戻せたのは、それだけのポテンシャルがある証。だから問題などどこにもないな。
課題はデカいし、あーあと思うことは多いけど、そう思える私はこれでよくて大丈夫なのだろうな。

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”無条件の『愛』”と”承認欲求”への折り合いの付け方

順番前後。

17.03.29(水)心理
遅れたのにはワケがある。いやもう、これまでで一番、話がかみ合わずにしっくりこなかった……キツかった……orz
使う言語のチューニングがまったく合わない。

「”自分の嫌いなところを愛する”ことが必要です。」
「……? “愛する”って具体的にどうするんですか?」
「恋愛したことないんですか?」
「一応あるんだと思いますが……」
「相手のダメなところも好ましく思いませんか?」
「うーん……それって自分のダメなところを相手に投影して愛でることで、代償行為に浸ってるだけじゃないんですかね……? 愛ってそういうモノ……?」
「無条件の愛ですよ。相手が”○○だから”好き、のような条件がない。」
「……条件が皆無って、人間に不可能だと思うんですが……承認欲求は消せないんじゃないかと……」

ヒドいな、この会話。欠陥人間ぷりを見事に露呈。
いつもなら通じる師匠と言語がかみ合わない、ってのはなかなか精神的に堪えた。まぁでも、しょうがない。

今回のもろもろの課題を突き詰めると根っこはひとつで『承認欲求をどう満たすか?』だなと腑に落ちた。
ってことは、師匠とムリにかみ合わせようとする行為はすなわち”自分の考えを認められたい”って欲望を通すために師匠をムリヤリ変えたいって傲慢な欲望で……課題が1週回って返ってくる。
まんま、承認欲求の暴力的に強烈なヤツじゃん……orz
気付いた瞬間、ココロから”めんどくせぇ……”とうんざりした。
のでなんかいーや、と思った。そう心から思えるまでに1週間かかったけど。承認欲求、めんどくさい。

私の致命的欠陥の『自己評価が低い』と『承認欲求』が乗算されるとさらにめんどくさいことになる。

自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に評価を強要する
自己評価が低い × 承認欲求 = 他人に嫉妬する

これをどう処理するか?
師匠からは呆れたように言われた。

「言われたかったんですよね? 必要だって。
つまり、他の人から評価されたかったのですよね。
だったら最初からそう言えばよかったじゃないですか。」

つまりゲームを仕掛けたのだろ、と。
プライドが高いから言えなくて、言わせようと駆け引きしたのだろう、と。

言われてることはわかるのだけど、全面的にそうです、とは言えなかった。何かが違う。
そういう心情が皆無だったとは到底言えないが。
『私のこと評価してください。どう思ってるんですか? 役に立ってますか?』って質問して得られる回答がYesだったとしても、私は満足も納得も出来ない。
のどが渇いたときに飲む塩水と一緒だ。
求めれば求めるほど、承認されたい欲望は膨らみ、周囲への重荷になる。不毛だ。
ほんとは師匠の言うとおり、一般的にはこじらせる前に軽く言えて、Yesもらえたらそのまま受け取れて満たされて終わるんだろう。そう出来ない私は平均より承認欲求が強すぎる上に、プライド高い。だから自己評価が低い。

と考えたとき、アレと一緒か、と思いついて腑に落ちた。私の強烈な承認欲求はコレと通じる。

『私と仕事とどっちが大切なの!?』

言ったら終わっちゃうヤツなので、言わずになんとかしたい。解法は1×2パターン。

1つは”自分を変える”。つまり大切にしてもらえる自分になる。
もしくはこんな承認欲求がどうでもよくなるくらいに別の何かに打ち込む。

もう1つは”状況・環境を変化させる”。
パターン1は、待つ。つまり時間経過による変化を期待。
パターン2は、別れる。自分で起こせる変化はこれくらい。

ので辿る道筋は2つ。
A『自分を変えつつ待ってたら、振り向いてもらえた』か
B『自分を変えて待ったけど、諦めて別れる』。

私はこの2ヶ月でこの解法をずいぶん用いたよなー、と。師匠の言う『人に承認をお願いする』じゃなくて、『自分が主導権を握っていたかった』。
自分の脳みそや心のコントロールを、制御不能な“誰かの手”に委ねたくなかったんだよな。だって承認してもらえなかったら恨んじゃうかもしれない。それは不毛すぎる。

ここのところ、Bをずいぶん選んだ。いろいろ頑張ってみたけどもう私にはムリなんだろな、そろそろ白黒つけないと動けなくなるなって思ってたことがたくさんあったので。
そのままBに行ったのもあれば、Aに転じたのもある。よくわからんのもある。
で、あらかた推移が落ち着いた現時点で、私の心は穏やかなのだよな。満足いってる。だからこれでいーのかなって。師匠からはツッコミどころ満載みたいだけど。
次に師匠にお会いしたときにまたツッコまれたら、どうなるんかなぁ……。わかんないから、そんとき考える。
だいたい師匠の指摘事項は他にもあって。

「そんなに人の許可を得なくていいんじゃないですか?」

ですよねー。自分がよけりゃ、いーんですよね。承認欲求が飛ぶくらいに、やりたいことが出来てれば。怒られたときに、考えれば。

最近、いろーんな方の話を聞いた中で、言われて飛び切り嬉しかったことがある。
「でしょうねぇ。」
「久禮さんは自分のことをさておいて、全体のバランスを観て動く人だから。そういう人が近くにいるってだけでストレスが激減しますよ。」
「昔の男性にはそういう働き方する人多かったけど、最近は減ったから。」
「そういう人は、自分自身で何かをしなくていいから、技術力云々じゃないですよ。」
そういうことなのかな?と少し腑に落ちた。
もう何年前だろう。

『私は役に立ってる?』

って自問自答したときに、No、と答えが出てしまった。
それでも仕事しなきゃ生きていけないから、自分の存在意義を見出すために考え方、やり方を変えた。技術力なくてひとりじゃ何も出来ないから、全体の成果が出たらいい、って思うようにした。周囲の人たちが気持ちよく働けるようにしよう、技術力ある人に頑張ってもらえるよう場を整えようって。
触媒的な働き方を考えて選んだのだな。
ようやくそのスキルが周囲から認められるレベルにまで育ったのだろう。触媒自体は化学変化起こさないから自分じゃ変化がわかりづらいのかもしれない。それが自己評価と周囲からの評価の乖離に繋がったのかな。それくらいに、触媒能力が発揮できたのかもなぁ……
サラリーマンとして働く上での、ひとつのスキルがようやく、開花できたのかな。

でもそればかり強化したから、自分のために何かを叶える底力が成長しなさすぎたのかもな。自分のやりたいことや欲しいものが、よくわからなくなるのかもしれない。自分と誰かの願いを重ね合わせて最善解をあぶりだすんじゃなくて、自分の願いを純度を高めて磨き上げて相容れない誰かの願いに対して唯一絶対の解として叩きつける力。
……純粋に格闘技を”やる”人間として、どこまで行けるかを追求することで、磨かれるのだろうなぁ……
たぶん両方ができないと、格闘家の方は上へ行けないんじゃないかな……まさに私の目指したい姿なんだろな、きっと。
“自分の願いの純度を高める。”
苦手分野なので尻込みしがちで、ちょっとブルー orz でもわかってるんだよな。だから尻込みしながらも望まずにはいられない。
どうやったら、私は自分で胸張って”格闘家”だって言えるようになるかな? 私にとって“格闘家”の定義ってなんなんだろ。
とりあえずは、自分が納得いく形で、試合に出られるようにしないとな。少なくとも“人前に出て勝負に出られる人“”寝てるように見えて機を逃さない臨戦態勢の人”ってのは、必須条件だから。試合自体は“格闘技の試合”に必ずしも限定しなくていいのかもしれないが。……っていうのは、逃げなのかな orz

触媒としてのスキル追求は一定段階に到達した。
次は、化学物質としてのスキル追求をするべき段階なのかな。
化学物質としてのスキルが増したら、触媒としてのスキルも効果が爆発的に増すのだろう。もっと面白い人間になれるはず。

……格闘家の方々の仰る言葉は、刺激的だな。断定形を使う。自ら挑戦的な言葉を自然体(に見える姿)で口にする。
あれを、出来るようになりたいな。怖いけど。

ここまで触媒能力が増せたのは、私の化学物質としての能力があまりに残念だったからだ。
技術力が足らないうえに、承認欲求が強くて、プライドが高かったから。だから生きるために”自分を変えた”。
以前の自分はキライだったけど、最近の自分は割りと好きだから、これでいーや、と思う。技術力足らなくても、承認欲求強くても、プライドが高くても、割りと好き。むしろ好き。これからもっと好きになる。満足。

ようやく手元にきた、新しいペンダント。
前のペンジュラムを想起させるコロリとしたローズクォーツ1粒&金色チェーンのデザイン。チェーンは肌に合わないので換えちゃったけど、どうもピンクとゴールドに縁があるらしい。なんだろね? ローズクォーツの意味は……

「無条件の愛」
「自分を愛する」

って出来過ぎだろ(´Д`)
あーあ。見落としがあんのかな。目を背けてることがあんのかな。
師匠には私に見えてないモノが、見えてんのかな……だろな……どーしたら、自己評価が自分相応に適切になるんすか??

で、「気に入ったから」と同一デザインをご自身にも作って身につけてた師匠。あの噛み合わないセッションの中、首本のペンダントはぴったり合致していた。似たもの師弟なんですよね、きっと。だからきっと、なんとかなるだろ。

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