”強い”って、どういうことだろう?再び。No.3

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「”強くなりたい”って思ったのはいつ? 格闘技をしたいって思ったのは?」

”強くなりたい”と明確に思ったのは格闘技を始めて1~2週間後。
”格闘技をしてみたい”と明確に思ったのは、高校か大学のころですね。

■17.07.12(木)……何の会だろ、これ。:おじさま、Mさん、Dさん
■”強い”って、どういうことだろう?再び。No.3

ただ、そのときはやらなかったんですよ。気まぐれに思ったのかな……
でもそれを何年も覚えていたのだから、気まぐれであっても、やりたかったのは確かですよね。

「やり出したのは娘さんの影響か?」

ああ、ゼロではないですよね。家出して離婚して、向こうに置いて来たあの娘。
プレゼンで引用した、格闘技を始めて1か月くらいのころに書いたFacebook。

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私は、負けたことがたくさんあるし、
守れなかったものもたくさんあるし、
傷つけたくなかったのに傷つけた人もたくさんいる。
ときどき、思い返すとわーっと頭をかきむしりたくなる。
誰でもあると思うけど、たぶん、平均より多いと思う……
あのときにどうすれば、あんなふうにせずに済んだんだろうって、何年も考えてることも、いくつもあって、たぶんその答えのひとつが、強くなる、なんだろなー…と。
オープンになるとか、柔らかくなるとか、しなやかにしたたかになるとかも含めて。
—— ↑↑↑ ——

”負けたこと”などなどの筆頭に”娘を置いて家出してきたこと”がありましたよね。
そうせざるを得ないくらいに迷走した自分は許せなかったし、どうしたらあそこで家出して置いて行かずにすんだのか?は考え続けて……その一環で”やりたいと思ったことはぜんぶやろう”があって、そのひとつとして格闘技を始めましたが……

「論理の飛躍があるな。」

ええ。”家出して娘を置いてきたので格闘技始めました”って頭おかしすぎますね。
”なにゆえ、それが『格闘技』だったのか?”

「学生の頃の抑圧による反動か?」

あー……それはあるかもしれませんね。……それが核心、かも……?

「”強くなりたい”もあったけど、”しあわせになるために”ってのもありましたね。」

「なんで格闘技をやったらしあわせになるんだ? それも論理の飛躍だな?」

ああ、あれですか。
人間はみんな、しあわせになるために生きている。

「うん、それはOK。」

しあわせをブレイクダウンしていくんです。
と、ですね

幸福 → 健康 → 強さ → 格闘技 → 練習

になるわけですよ。

「意味が分からない。特に”健康”から”強さ”は飛躍してるだろう。」

えええええええだって健康ってつまり強いってことだし、強くないと闘えないし。

「闘う必要がないからなぁ……そうだな、我々には”強さ”は必要ない。」

お三方ともうんうん肯く。いいユニットですね、3人組の。

マジか……… いや、でも変な感じだな。
お三方とも”強さ””弱さ”の尺度で測るのがしっくりこないのは確かだが、私から見ると”強い”部類の人たちだ。何からきてるんだ、これ?

「なぜ格闘技なのか……」

それでいくと、おじさまはなんで走るんですか?
私は格闘技で強くなるために走るのはできますが、目的なく走るのは無理です。
誰かに勝ちたい?

「いや、自分との闘いだな。自分をコントロールするのが楽しい。自分の調子を整えて自分のペースを守り走るのがいい。 」

それ、格闘技と一緒ですね。なんで格闘技じゃダメなんですか?

「なんで!? 格闘技である必要ないでしょ? なんで格闘技なの?」

うーん……格闘技、特に総合格闘技ほど総合力を問われるゲームはないからですかね。

それに、可能性ですかね。
こうしたら上手くいった?と試行錯誤できる範囲が広い。

で、最後に問われるのは、気合いと根性。それなら、フィジカルも年齢も性別も関係ないんで。
こんなに自分の人間性、総合力を試されることはない。

が、自分で語っておいてなんだが、これはごく表面的なことの気がする。うーん真髄じゃない……ので、響くはずもないよな。

「あのプレゼンを見ていて感じたんだけど……何か迷いがあるんじゃないの?」

そう見えたんです? あれだけぶっちゃけてはっちゃけたのに? むしろだからこそ、自分でも気付いてない何かが出たのか?

いっそ、本当に”強くなりたい”のか?とか? 私こそ、弱いままでいいじゃない、と思っている?

……いや……弱いままでいたい自分がいるのは間違いないが、意味もわからず”強くなりたい”ってフレーズだけは、ずっと渦巻き続けてる……

それこそぷよぷよの、ぷにょんぷにょんの頃から。
ジムに入会したもののクラスに出る体力に自信がなくて、1番最初はパーソナルをお願いした……

『本当にやったことないんですか?』
『やってこなかっただけで、運動できる身体ですよ。』

の言葉に背中押されて、クラスに出て……そう、試合前のジャカさんが大切な時間をくれ身体を貸してくれたのに、ニーオンザベリーができなかったのが悔しくて、明確に”強くなりたい”って願ったんだ。
ニーオンザベリー。仰向けに横になった人のみぞおちに片膝立てて全体重をかけ、抑え込む技。

そう、ジャカさんは大丈夫って言ってくれたし、実際に大丈夫な人だ。
なのに出来なかったのは、私が”こんな細い体のお腹に、私の全体重をかけるなんて怖い”って妄想に負けたからだ。
自分の弱さ、妄想に負けて本気出せない自分が恥ずかしくて悔しくて許せなくて嫌だった。だから強くなりたいって願った。
そして格闘技ジムは”強くなりたい”って言って、何もおかしくない場所だった……

“強くなりたい”って素直に表現したら、教えてくださった。
元世界チャンピオンでも弱くて、きっとずっと弱いんだってこと。
“弱い”から“強くなりたい”と願える。
“弱さ”をありのままに素直に認め受容できる人こそが“強く”て、“自分にも人にも優しく出来るんだ”ってこと。
“弱い”こと、“弱さを認める”こと、“弱い自分を素直に表現する”ことは、やってみればこわくない。

こんなに弱くたって、強くなりたいって、願っていいんだ。

私は本当は、ずっとずっと前から強くなりたかった。なのに、その言葉を自分が口にしていいと思えなかった。
自分の願望を認めるのが、怖かった……

笑われるんじゃないか。
馬鹿にされるんじゃないか。
今から強くなるなんて、無理だろう……

でも誰ひとり、笑わなかった。
当たり前に、手を、さしのべてくださった。ただ見守ってくださった。

自分を貶めていたのは、いつも自分だった。

ああ、ちょっとわかった気がする、かも……
そう、このお三方は、笑わない。
なんの力みもなく
『どうして強くならないといけないの?』
『自分には必要ない。』
と問い、言える。
うん、強い方々だよ。

おじさまが、まとめに入る。耳を傾けつつ、場を見渡して思う。

[Facebook記事]

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