”強い”って、どういうことだろう?再び。No.5

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1度くらいはこの内容での自分語りをしてもいいのかもしれない。
14歳の娘がいるいいオトナが幼少期を引きずるのはあまり外聞がよくはない、と敢えて言葉にすることもなかったが、そろそろ意味合いも変わってきたかもな。

■17.07.12(木)……何の会だろ、これ。:おじさま、Mさん、Dさん
■”強い”って、どういうことだろう?再び。No.5[end]

”学生の頃の抑圧に対する反動”
あれは核心な気がしますねぇ。

世間一般的には、桜蔭からお茶の水女子大学って学歴がとても評価される凄いことなのだと知ってはいます。が、私にとってはあれは敗北の黒歴史でした。逆コンプレックス。

自分じゃ進学校の中でも桜蔭には行きたくなかったんですよ。合わないのがわかってたから。
なのに親を説得することも、反抗して受験しないってのも、私には出来なかったんです。
大喧嘩しながらも、合格するくらいに勉強して、親と一緒に受験会場に向かい、全力尽くして試験解答を、しちゃったんですよねぇー……。

もともとそんな能力がある人間じゃなかったんですよ。合格したのは能力の170%を火事場の馬鹿力で出した結果に過ぎないです。だから不幸でしたね、その後の6年間。
小学校はごく普通の公立小学校だったので頭いい子でいられましたが、桜蔭入ったら最底辺になりました。

うちの両親は勉強したかったのに家庭環境のせいでできなかった人たちなんです。だから生まれた子どもたちには勉強をさせたかった。もはや”呪い”の域で。
折に触れ何度も何度も繰り返し言われたのが……

『お前たちが小さいころ、お兄ちゃんの手を引いて、お前は乳母車に乗せて、東大の赤門のところによく行ったんだ。
”いいか、お前たちは大きくなったらここに通うんだぞ”って。だからがんばれ。』

で、東大に入る前段として桜蔭を猛烈に押し付けられ

『桜蔭に入ったらあとは好きにしていいから』

の言葉にしがみつき能力の170%発揮して桜蔭に入って燃え尽きると

『そんなこと言ったっけ?』
『お前は勉強したらいい子なのにねぇ。』

と毎晩のように言われてしまう。

我が両親にとって“勉強しない子”には愛情も金も食事も与える価値がない?
親に愛されない子に、存在意義はあるのか? そもそも、生きていけるのか?
私はそんな思考の罠にハマってしまった。
なんとかして、しがみつくしかないのか、と。

今思えば、思考が硬直化してアホなのがわかるんですが。
あの頃はわからなかった。

しかもこの罠にハマると、大学受験の時が来るまで無抵抗で言葉を浴びねばならないんですよね。
絶望でしたね。
さらには大学受験だって絶対に親の期待に応えられないのが私にはわかってる。死刑執行予告を6年受け続ける気分だったような。

桜蔭入るのだって能力の170%使わないと無理だったのに、東大だの医者だの弁護士だのって。
私には合わない、向かない、そもそも無理、というのが、両親にはわからなかったんですね。
つまりあの頃の両親は、私に興味がなかったんでしょう。今思えば、悪意があったわけではなく、”自分”と”子ども”が別個の人格を持つ人間だとわかってなかったんでしょう。

よく思ってました。

”受精の際に違う精子が卵子に結合して、違う人間、もっと頭いいDNAもった人間が生まれたほうが、よかったんじゃないか”
”両親にとって私である必要はない”

十代をずっとこの疑念を確信として抱きながら生き続けるのがキツかったんですよねぇ……人格ゆがみましたね。
家出する実力あったらよかったけど、その能力もなく。臆病で怖がりで。頭もよくなくて。
小学校から勉強漬けで勉強しか能がないのに、その能力で最底辺。それ以外何も能がないのが無力すぎて恐ろしかった。
私、生きていけるんだろうか? いや”私”である必要がないなら、なんで生きてるんだ? だったらもういっそ早く終わらないものかと願い、生まれてこなければよかったのにと呪わずにはいられなかった。
かといって死ぬ勇気はなく、某かの望みを捨てきれない浅ましい自分もいた。

あれこそが”自分弱い”の根源で、未分化ながらも”強くなりたい”の原型が育った時期だったような。

お茶の水女子大学に進学したのは、それがギリギリ、私の能力と、親が納得するネームバリューが合致する学校だったからです。でも1浪しましたよ。桜蔭行ったのに、1浪してお茶の水女子大学。底辺ですねぇ……

つまり。
親に対抗して自分を通し”進学校に行きたくない”を貫けばよかったのにできず、桜蔭に進学し。
親に迎合しておきながら、親の意向に添いきって東大にいく能力も根性も気概もなかったんです。
しかも、選んだ選択肢は”お茶の水女子大学”。日本の学歴社会を示すピラミッドの枠組みから、私の選択と行動は外れることが出来なかった。あの硬直しきった思考。
ありとあらゆる面で、中途半端な存在。突き抜けることができない存在。それが私でした。

なので私の学歴の”桜蔭”は『親のエゴに負けた自分の弱さ』を意味するし、”お茶の水女子大学”は『負けてなお貫けない無能力さ』を意味しますね。ちょー黒歴史。

今思えば、どうしようもなく無能でした。私は。しかも無自覚。すべて親のせいにしてました。無能なのは親のせいではない、自分の問題なのに。
”弱さ”も”無能力さ”も気づかず親のせいにしてそのまま進んだから、さらにボタンを掛け違いまくり、娘を置いて家出して離婚する羽目になった。

自らを”強くする”努力を怠った。
”自分のやりたいことをやり”、”やりたくないことをやらない”って当たり前のことをしてこなかったから、傷つけずに済んだ何人もの人を傷つけ、自分自身もいらぬ傷を負いまくったのだと、今は思いますよ。
もう二度とあんなことしないで済むように、強くなりたいですねぇ。
やりたいことをやり、やりたくないことからは全力で逃げて。それを貫ける環境と状況を構築する。
その実力を、獲得したいです。

でも今、親とは和解できたんですよね。70を余裕で超えた両親は、今は、私に興味を持つんです。何が向いてるのか、何がしたいのか、何がやりたくないのか。主張する私の言葉に耳を傾ける。
ときどき幼いころのような荒めのやり取りになりかけるけど、それでも軌道修正して、興味を持ち耳を傾けるんです。
あの頃はできなかった会話が、今はできるようになってきた。
ずいぶん時間がかかったけど、やり直しは効くんですね。

”敗北”が終わりじゃ、ないんですよねぇ。
負けても何も、終わってくれない。死ぬまで終わってくれないんですよね。
それは絶望でありながら、やはり希望でもある。生まれてから20年以上続いた負け試合が、間に20年近くのインターバルを挟んで、今度はこんな日が来るのだから。

あの暗黒でしかない日々があったから、今、私は格闘技との出逢いをこの上なく満喫している。何人ものヒーローに出逢える。
両親や兄と、一家団欒ができる。ときどき、別れた旦那にも娘にも会い、お茶や食事ができる。

あれは私の根幹をなす、輝ける”敗北の黒歴史”なのでしょうね。とても、大切な。だから今、愛すべき日常がある。
そしてあの頃の私が自己嫌悪にまみれながら築き上げたあの学歴は、財産ですよねぇ……。あれを”敗北の黒歴史”に貶めているのは、まぎれもなく私だけです。
大切にしないとあの頃の私が哀れすぎるし、単純に、使わなきゃ損ですね。オトナになってから望んで得るのは難しい、美味しいキャラ設定だ。
いい機会なんだろうなぁ。

10代の頃は”自分の存在意義”について夜な夜な思考しては恐ろしさに震えていましたが。
今は、いい意味で、どうでもよくなりました。
私でなくてもよかった、いいです、それで。
人間に”生まれてきた意味”なんてないんですよね。
ろくな死に方しない気はするけど、それの何が悪いのかもよくわからなくなった。

だから生まれてきちゃった以上、生まれ持ったこの心身を、楽しむんです。人間に生まれたからこそ出来ることを思いっきり満喫するんです。片っ端から。
それ以上でも以下でもないですね。意義も目的もいらないんです。そもそも必要がない。
生まれたから、生きるんです。
時が来たら、死ぬんです。
だから生きてる限りは、ただ、楽しむんです。
それだけ。
強いて言えば、出来るだけ、しあわせになる。
そうして、どこまで行けるか。
どれだけの景色を、この目で見ることが出来るか。

だから、強くなりたいですねぇ。強くなろ。

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